古本をたずねて三千里〜アメリカ合衆国図書館調査ツアー総括

 ↓旅行中毎日きいていたCCRの"Travellin' Band"

 さて、やや時差ボケもおさまってきたので(いっこうに天然ボケはおさまらないのだが)本日はアメリカ合衆国図書館ツアーの総括。(1)図書館比較、(2)調査の結果、(3)大学巡り、(4)街の印象、(5)食物 の全五部からなっている。まあまずは前置きとして旅行の目的を…

 今回の調査の目的はアメリカの主な図書館を尋ねて女性に所有されたことがあると考えられるシェイクスピアの戯曲本をチェックすることだった。刊本研究でも本の個体ごとの印刷の異同とかを見る人もいるのだが、私が見たいのはもっぱらタイトルページ前後のサインや蔵書印・蔵書票(ブックプレート。昔の人は蔵書に自分のプレートを貼る習慣があった)など持ち主が特定できるものである。で、このサインや蔵書票の情報から持ち主を特定するのが最終目標…なのだが、たいていは情報が少なすぎて特定できないことのほうが多い。地名や年号、本をどこから入手したかなどの情報が書かれていると特定できることもある。もちろん手書きでしかも固有名詞しか書かれていないことが多いので、ミミズののたくったような17世紀〜18世紀半ばくらいまでの筆跡をひたすら解読することになる。

 で、なんでシェイクスピアの古い本がアメリカにあるのかという話になるが、まあそれはカネの力にきまっておる。去年ニュージーランドで発見した本は移民した女性が祖先の思い出が詰まったものを持ち込んだというロマンチックがとまらない来歴があったが、アメリカのでっかい図書館で収集しているようなやつは富豪がカネの力で買い集たものが多く、来歴も散文的である。しかしながらカネにひかれてたくさんの本が集まるのでアメリカにはシェイクスピアの刊本をごっそり持っている大図書館がふたつある。それがワシントンDCのフォルジャー・シェイクスピア・インスティテュートとロサンゼルス郊外のサンマリノにあるハンティントン・ライブラリーである。今回はこれに加えてニューヨークの公共図書館本館稀覯本室にあるあやしいフォリオ(基本印刷紙の折り方で本の呼び方を分けるのだが、簡単に言うと17世紀に出たでっかいシェイクスピア全集四種類のことをフォリオって言う)と、J・ピアポント・モーガン・ライブラリーにある「伝」シドニーフォリオっていうやつを見せてもらうためニューヨークにも行ってきた。

(1)図書館の比較

 で、まずは図書館ごとのサービスを独断と偏見で比較してみたい。まずは研究者として訪れ、実際に本を請求した四館。

・ニューヨーク公共図書館本館稀覯本閲覧室
  街のまん中にあってアクセス良好、全館ワイヤレス無料(図書館カードがなくても使える)、大変充実した展示、広い閲覧室など設備は素晴らしいが、基本稀覯本を見るところじゃない感じ。まず閲覧室を予約した日を先方が間違えていたし(2/28に予約したはずが2/29になってた)、利用者登録しないと本を使えないし(仮カード番号みたいなのを発行してもらう必要がある)、クロークのサービスが最悪だった(ヨーロッパの稀覯本図書館ではたいてい見かける稀覯本室用ロッカーがなく、地下にあるクロークに荷物を預けて上の階にある閲覧室までパソコンとかえっちらおっちら持っていかないといけないのだが、このクロークの職員の対応がまたすごく不愉快)。ニューヨーク公共図書館というと図書館界隈ではあこがれの存在だと思うのだが、行ってみたら結構ふつうの図書館でへえーって感じ。
 ただ観光資源としては素晴らしいので一般観光客にはオススメ。

モーガン・ライブラリー
 サービスはかなり良好で、閲覧室の入り口にロッカーと洗面所がある。ただし一時利用者用のネットがないのと(外部の刊本データベースとか手稿カタログとかに接続できない)、本の写真撮影に許可が必要なのが難点。
 展示はモーガンの書斎をはじめとして素晴らしいので一般観光客にはオススメ。

・フォルジャー・シェイクスピア・インスティテュート
 研究者向けサービスはここがダントツで素晴らしい。とにかく本がすぐ出てくるし、よっぽど脆弱なやつでなければファクシミリじゃなく現物を出してくれるし、カタログが詳細だし、司書がみんなプロで専門的だし、ワイヤレスも無料だし、一日にたくさん本を請求しても嫌がられないし、お昼はお茶とコーヒーが無料だし、まあとにかく天国のような場所である。
 展示のほうはちょっと一般観光客には難しいかも。研究者向け。

・ハンティントン・ライブラリー
 サービスはここがダントツでダメ。カタログの注記がダメダメだし、本がなかなか出てこないし、基本現物が出てこなくてファクシミリしか出てこない上、ファクシミリのほとんどはフライリーフ(遊び紙、製本する時にタイトルページの前とか後に入れる白紙で、ここにサインやブックプレートがあることが多い)を複写してないので私のようなタイプの研究をしている人には全然使い物にならない。しかも私がめあてにしていた本の一冊(1615年のクォート版で18世紀〜19世紀のスター役者ジョン・フィリップ・ケンブルのコレクションの一部だったもの)がなんと売り飛ばされており、私大激怒。事前にきちんと確認していかなかった私も悪いが、ケンブルのコレクションを散逸させるなんてどういうことよカリフォルニア人。
 しかしながらここはフォルジャーと違ってシェイクスピア専門図書館でも演劇の専門図書館でもないので、他の分野の研究者にはもうちょっと使いやすいのかもしれない。
 ただし展示はすごいので一般観光客にはオススメ。図書館以外にギャラリーが複数、広大な庭園もあってさすが西海岸のお屋敷という感じ。ただロサンゼルス市内からのアクセスが非常に悪い。

 この他観光客としてニューヨーク公共図書館分館パフォーミングアーツ図書館、アメリカ議会図書館アメリカ公文書館、ロサンゼルス市図書館リトルトーキョー図書館、南カリフォルニア大学図書館に行ってきたのだが、図書館好きとしてはどこもそれぞれ面白かったものの研究者サービスのほうはちょっとよくわからない。ちなみに面白かったのはニューヨーク公共図書館は公共という名前がついているくせに私営だけどロサンゼルス市図書館は公営だっていうこと。あとアメリカ議会図書館アメリカ公文書館はどっちも展示は充実していたけど特設展のほうはイマイチ棲み分けができてない感じがした(公文書館にも刊本の展示があったり、議会図書館にも手稿の展示があったりとか)。


(2)調査の結果
 ニューヨークではまあ二冊しか本を請求しなかったので期待したくらいの成果という感じ。ただし公共図書館のほうはちょっと謎が深まったかも。フォルジャーでは200冊くらい本を請求してかなり成果あったのだがまだちょっと情報量を処理しきれてない感じ。ハンティントンではまともに現物を見れたのはほんの数冊だけであまり成果がなかった…


(3)大学巡り
 学会にも出たし友人を訪ねていろいろ大学訪問もやってみたのだが、とにかくアメリカの大学のキャンパスはデカくて公共交通アクセスが悪かった(イングランドと違ってコレッジごとに分かれてないからそう思うのかもしれないが)。あとすごい「近代!」(+カネ!)っていう感じ(←アホみたいですいません)。コロンビア大学ですら大きい大学ショップがあったり、建築物にイマイチ「え、この趣味どうなん?」みたいなとこがあって「近代!」な感じがしたんだけど、ハーバードやイェールに言ってみるともっと古い感じがするんだろうか。


(4)街の印象
 ニューヨーク、ワシントンDC、ロサンゼルスにそれぞれ一週間くらいいたのだが、意外なことに調査がさっぱりはかどらなかった西海岸が一番気に入った。とにかく新しい街で交通アクセスも治安も良くないし、安全なナイトライフがなさすぎだが、血まみれの植民地の歴史を素で忘れて堂々と張りぼでやってる天然な感じが実に良い。植民地らしい感じが少し故郷の北北海道に似ているし、とにかく天気がいいし(地中海みたい)、雨が少ないわりには水事情も悪くなさそうだったし、日本食材が手に入るし、コリアタウンやメキシコ料理があるせいで比較的食物もマシだったし…あとロサンゼルスはボバティというタピオカパールを入れたチャイニーズアイスミルクティがあって、あれはたぶんカロリーがイギリスのクリームティぐらいはありそうだし味も比較的良くて生き延びやすかった。
 ニューヨークは大都市すぎて一週間いただけではロンドンや東京とどう違うのかイマイチ個性が把握できなかったし、ワシントンDCはずっとフォルジャーにこもっていたせいもあってやっぱり個性があまり把握できず、なんかけっこう禁欲的な街だったという印象。あとどっちもお茶が驚くほど激マズなのもつらかった。


(5)食物
 味は基本的にイギリスに輪をかけて生ゴミで、しかも一人では入りづらい量を出す店が多くてなんかこれって孤独を許さないアメリカ文化のあらわれなんかなと疑ってしまった。アメリカ料理で美味しかったのは南部料理(ジャンバラヤとか)、レモネードとハーフ&ハーフにしたアイスティ(イギリスには存在しないお茶で美味しかったがたぶん超高カロリー)、チーズケーキ、クラムチャウダー、クラブケーキかな。メキシコ料理は三回行って最初の二回は生ゴミだったがロサンゼルスのやつは驚くほどマシだった(量が多いけど)。あとアイスティ以外のお茶は本当にひどい味で、なんかこれネコ除けとか毛虫除けに水にたばこの吸い殻をつけといたアレじゃないのかと思うほど不味かった(たぶんアイスティも砂糖とかレモネードとか混ぜもので誤魔化してるから美味いんだと思う)。在米中ハンバーガーを食べないことを目標にしていたのだがこれは達成した(マックには一度入ってしまった。アイスティを飲んだ)。