理想の共同体をゆるがす暴力の陰~『ローレル・キャニオン 夢のウェストコースト・ロック』

 『ローレル・キャニオン 夢のウェストコースト・ロック』を見てきた。 

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 1960年代から70年代にかけて、ロサンゼルスの音楽文化の中心地だったローレル・キャニオンについてのドキュメンタリーである。ロサンゼルスの中心部のすぐ近くにあるのだが、緑の多い山々で環境が良く、ミュージシャンがどんどん集まってきたそうだ。バッファロー・スプリングフィールドやラヴ、ママス&パパスなどのメンバーをはじめとして、リンダ・ロンシュタットジョニ・ミッチェル、ドアーズのジム・モリソンなどが住んでおり、やがてイーグルスがここから生まれた。鍵もかけずにみんなで家を共有し、暇さえあればみんなで音楽を作っていて、とてもクリエイティヴな最高の環境だったらしい。

 序盤くらいまではいかにローレル・キャニオンが理想郷みたいなところだったか…という話である。移り住んでくる男性ミュージシャンが次々とジョニ・ミッチェルに夢中になってロマンティックな曲ができたみたいな楽しい話が続くのだが、一方で多人種で構成されたバンドであるラヴは南部などではライヴ会場が確保できずに実力に比べて売れなかったとか、ロサンゼルスで若者がたむろすのを阻止する動きがあってバッファロー・スプリングフィールドの"For What It's Worth"はそれについての歌だとか、ママス&パパスのキャス・エリオットは体型をバカにされてたとか、そこかしこにアメリカの暗さを示すエピソードも出てくる。中盤ではローレル・キャニオンにマンソン・ファミリー関係者が出没するようになり、殺人まで起こってシャレにならない話になってくる。ラヴのジョン・エコールズの家に昔のバンド仲間ボビー・ボーソレイユが訪ねてくる話はけっこう怖い(全体的に、このドキュメンタリーではラヴは良いバンドなのに不運な目にばかりあっていて気の毒な感じだ)。さらにオルタモントの悲劇やローレル・キャニオンのコミュニティの中心だったキャス・エリオットがロンドンで突然死してしまうなど良くないことも続く…のだが、最後はイーグルスの誕生で終わっている。全体的にかなりちゃんとミュージシャンたちに取材しており、見応えのあるドキュメンタリーだ。