世界のどこでも起こっていることを描いた映画~『聖地には蜘蛛が巣を張る』

 アリ・アバッシ監督『聖地には蜘蛛が巣を張る』を見てきた。かなり脚色はされているが、イランで実際に起こった女性連続殺人事件の取材した映画である。

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 ジャーナリストのラヒミ(ザーラ・アミール・エブラヒミ)は聖地マシュハドに女性連続殺人事件の調査をしにやって来る。殺された女性たちは皆貧しいセックスワーカーで、宗教的な雰囲気のマシュハドでは警察も市民もこうした女性たちが殺されてもあまり真面目に取り合わない。セクハラでテヘランの仕事を失った過去があるラヒミは真相を暴くべく、危険なおとり捜査を試みるが…

 ラヒミはモデルはいるものの架空の人物で、実際にはこんなに大活躍した女性ジャーナリストはいなかったらしいのだが、主演のザーラ・アミール・エブラヒミ自身、セックステープ流出の被害者になっただけで罪に問われてイランを追われたという大変なめにあっているそうだ。イランのいたるところに存在するミソジニーセックスワーカー差別が殺人事件を通して可視化され、犯人捜しがまともに行われないばかりか、見つかった犯人のサイード(メフディ・バジェスタニ)は16人も人を殺したのに娼婦を街から追放すべく浄化作戦をした人物として称賛される。ショッキングな展開であるようだが、テヘランでもマシュハドでもセクハラを受けまくっているラヒミ自身はサイードがむしろ同情されるような世論になるかもしれないということを途中から薄々予測している(相棒の男性記者は予想できておらず、たぶん見えるものが全く違っているからだろうが)。正直なところ、そういう展開はまあハラスメントを受けた女性なら誰でも予想がつくことであり(むしろこの映画ではおとり捜査で売春しているフリをして犯人を引っかけたラヒミ自身はあまり叩かれていないのでその点、描写が手ぬるいとも言える)、たしかに殺人事件の犯人がこんなに庇われるというのはやや珍しいかもしれないが、これよりも小さい規模でなら日本でもこういうことは四六時中起こっている。その点では世界のどこでも起こっているミソジニスト、女性や貧困者を虐待する者の英雄化を扱っている作品だ。