ナチスの支配が終わっても続く不平等~『大いなる自由』

 セバスティアン・マイゼ監督『大いなる自由』を見てきた。

www.youtube.com

 第二次世界大戦直後から、ドイツ刑法175条が緩和されて成人男性同士の性行為が非犯罪化されることになる時期までを3つの期間に分けて描いた作品である。主人公のハンス(フランツ・ロゴフスキ)が刑務所に入っていた1945年、1957年、1968年をやや時系列を乱した形で描いている。ハンスは同性間性交渉の罪でナチスにつかまった後、収容所からそのままドイツの刑務所に送られ、その後も2回投獄される。その中で、先輩の囚人ヴィクトール(ゲオルク・フリードリヒ)と長年にわたる友愛を育む。

 ハンスは男子刑務所に投獄されるわけだが、男性ばかりのところで、当然刑法175条違反で投獄された者もいるので、ハンスには看守の目を盗んでロマンスを育む機会もあり、けっこうハンスは刑務所の生活に抵抗しつつ適応はしていく。最初は同性愛嫌悪を露わにしていたヴィクトールはハンスがナチスの収容所から刑務所に送られたということを知って愕然とし、ハンスを助けてやろうとするのだが、このあたりは残酷なナチ体制が終わってもそこで行われていた人権侵害は完全になくなったわけではないということを示す展開だ。『大いなる自由』というのは最後に出てくるゲイバーの名前なのだが、ハンスの人生には大いなる自由が全然なかったことを考えると、とても皮肉なタイトルでもある。

 ハンスとヴィクトールの関係は非常に複雑に描かれている。最初はホモフォビックだったヴィクトールはヘテロセクシュアルを自認しているのだが、だんだんハンスを評価するようになり、さらに一度、自分が刑務所内で請け負っている仕事を利用して便宜をはかるのと引き換えにハンスに性的な要求をする。つまり強要と打算によってこの2人は性的関係を持つわけだが、それでも長年刑務所で助け合って暮らすことになるこの2人の間には長年連れ添ったカップルのような互いに対する思いやりが育つようになる。ヴィクトールがちょっとハンスの恋人に嫉妬して警戒しているような描写も面白いし(この懸念は正解だったのだが)、セクシュアリティについてあまりラベルで区分けをせず、曖昧なものをそのまま描いているところが良い。最後のちょっとオープンな終わり方も余韻が深い。