宇宙船はやめたほうが…METライブビューイング『マルコムX』

 METライブビューイング『マルコムX』を見てきた。アンソニー・デイヴィス作曲で1986年に初演された作品の再演である(ワークショップ公演みたいなのはその前にあったようだが)。カジム・アブドラ指揮、ロバート・オハラ演出によるものである。いわずとしれたマルコムXの生涯を描いたオペラで、ジャズをふんだんに取り入れた音楽が特徴である。

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 こういうオペラがメトで上演されるのは非常に意義があることだと思うし、台本とか音楽に文句があるわけではないのだが、演出と美術が個人的に全く好みではなかった。というのも、冒頭でマーカス・ガーヴィがアフリカ帰還運動のために用いた船であるブラックスターラインの歌とともに宇宙船がステージに降りてきて、アフロフューチャリスティックな未来の宇宙人みたいな人たちがマルコムXの話をする…みたいな枠がある。この宇宙船が個人的にかなりダメだと思った。

 というのも、この宇宙船はマルコムXが結局脱退したネイション・オブ・イスラムの神話体系に近いところがあるからである。マルコムXがもともと所属していたネイション・オブ・イスラムにはUFO宗教みたいなところがあり、神話体系の中に『エゼキエル書』に出てくる輪っかのような宇宙船がやがてやってきて破壊をもたらすみたいな話がある。ネイション・オブ・イスラムは妙なニセ歴史みたいなものを信奉しており、マルコムXは所属教団のリーダーであるイライジャ・ムハンマドのそういうオカルトや陰謀論に親和性の高い幻想をあまりよいと思っていなかった気配がある。私の考えではマルコムXは宗教家にしてはとても現実的で、逃避的なヴィジョンを見るよりも現実の経験や知識に即して考えるヴィジョナリーだったように見えるので、アフロフューチャリズムの中のポジティブな未来を開拓するような側面とは親和性があっても、逃避的・非現実的な夢を見る側面とはあまり相性がよくないと思う。

 そしてマルコムXは自分の心に照らして真実だと思える信仰と信念のためにネイション・オブ・イスラムを離れたのに、どうもネイション・オブ・イスラムの逃避的な幻想に結びついた輪っかみたいな宇宙船がキービジュアルになっているのは、私としてはあまりマルコムXの信仰に敬意を払っていると思えなくて、この美術と演出は全然よいと思えなかった(メインのインスピレーションになっているのはネイション・オブ・イスラムじゃなくてサン・ラーとかなのかもしれないが)。この輪っかに不当に殺された非白人の名前がプロジェクションで投影されたりとかしていてやりたいことはまあわかるのだが、他にやり方があると思う。全体的にこの演出では、マルコムXの信仰心については細かく描き、イライジャ・ムハンマドをカリスマ的ペテン師のように見せている一方(イライジャ・ムハンマドとワルのストリートをビクター・ライアン・ロバートソンが1人2役で演じていてすごくうまい)、ネイション・オブ・イスラムのどこがマルコムXの信仰と社会変革を求める信念にそぐわなかったのかについてはもっと深く掘り下げてもいいようにも思ったので、安易なビジュアルはとくにやめたほうが…と思った。