召命と告知〜『メッセージ』における宗教的モチーフ(ネタバレあり)

 ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督『メッセージ』を見てきた。

 ファーストコンタクトものである。世界の12箇所に突然エイリアンの宇宙船が現れ、相手の言語を習得するために言語学者のルイーズ(エイミー・アダムズ)がアメリカ軍に呼ばれる。数学者のイアン(ジェレミー・レナー)と協力し、あの手この手で文字を使った交渉をしようとするルイーズだが、中国がエイリアンを攻撃すると言い出して…

 人文系の学問(言語学)を取り入れたハードSFというちょっと珍しい形式とか、時系列をバラバラにして終盤まで重要な情報を開示しないテクニックとか、新しいところはたくさんある。テーマも人生の選択というたいへん大人な内容をうまく扱っている。ヒロインのルイーズは非常に優秀な学者であり、一方で人間的な厚みもある存在で、大変丁寧に描かれた女性キャラクターだ。娘との会話でベクデル・テストもパスする。

 ただ、根っこのところでは極めて古典的な召命と受胎告知の物語で、この映画において女性の描き方に厚みがあるのは聖母マリアとかカサンドラみたいな古典の神秘的女性像を取り入れているからだと思った。未知なるものとのコミュニケーション能力というのは文芸において特権的に女性の力とされることがあるのだが(全部というわけじゃないけど)、ギリシャのシビュラやカサンドラをはじめとして、最近だと『コンタクト』のジョディ・フォスターやチャラめのところではアベンジャーズのブラックウィドーまで、男性には賦与されていないコミュニケーションの力を持った女性は定番のキャラクターである。ルイーズは未来を知る力を宇宙人から与えられたわけだが、これはアポローンから予言の力を与えられたカサンドラの物語に似た展開である。ただしその予言の力によって運命に抗い、アポローンを拒絶するほうを選んだカサンドラと違い、ルイーズは未来に別離が待っていると知っても運命に従う。さらにこの運命に子どもを生み、その子が若くして死ぬという聖母マリアの受胎告知にそっくりなモチーフが入っているのもポイントで、幼な子の受難を知っていても極めて強い精神の力を持って運命を受け入れ、全知の母となるルイーズは聖母マリアに近い存在だ。私はドゥニ・ヴィルヌーヴの映画はほとんど見ていないのだが、ケベック出身でなんでも以前からカトリック的なモチーフをよく出す監督らしいので、この映画のルイーズもそういうカトリックの信仰における聖母マリアのイメージが重ねられたものだと思う。そういう点では、見た目は新しいが全体的には非常に古典的な映画だと思った。