豪華なプロダクションだが、やや胸焼けが~メトロポリタンオペラ『マリア・ストゥアルダ』(配信)

 メトロポリタンオペラの配信で『マリア・ストゥアルダ』を見た。昨日見た『アンナ・ボレーナ』同様デイヴィッド・マクヴィカーの演出である。『ロベルト・デヴェリュー』は映画館で上映された時に見たので、これでマクヴィカー演出によるドニゼッティのチューダークイーン三部作を全部見たことになる。

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 お話はシラーの『マリア・ストゥアルト』が原作で、かなりこのお芝居に準拠している。史実にはない森でイングランド女王エリザベッタ(エリザベス1世)とスコットランド女王マリア・ストゥアルダ(メアリ・スチュアート)が出会う場面などもシラーを引き継いでいる。

 ただ、私の印象では、原作をテクストで読んだり舞台で見たりするよりもかなり一方通行的な恋愛が中心のドロドロしたメロドラマになっているという印象を受けた。エリザベッタ(エルザ・ヴァン・デン・ヒーヴァー)のレスター(マシュー・ポレンザーニ)に対する愛情にも、レスターのマリア(ジョイス・ディドナート)に対する愛情にも相当な執念深さがあり、それぞれ感情豊かな音楽がついていて歌手が切々と歌い上げてくれるので、キャラクターのしつこい恋心が非常に印象に残る。その中で世俗の愛に対する執着よりは女王としての気品や信仰心を大事にしているマリアがひと味違う誇り高い人物に見えるということになるのだが、一方でマリアの処刑をめぐる政治的、宗教的な問題が薄められており、恋愛の表現に音楽のいいところをたくさんつぎ込んで、それだけはてんこ盛りなんだけど他の要素が比較的少ない、正直けっこう胸焼けするような話になっていると思う。ただ、宗教紛争の要素は皆無というわけではなく、死の直前にマリアがイングランドを不信心だと批判するところがあってここにはわりとドラマティックな音楽がついているので、終盤は胸焼けが緩和される。シラーの戯曲はもうちょっと政治家でもあり、信仰を異にする2人の女性の関係性を複雑に描くところがあったと思うのだが、オペラ版は愛の情熱で押し切るストーリーになっているぶん、エリザベッタのキャラクターが嫉妬深い女性として単純になっているように思えた。ただ、『アンナ・ボレーナ』も『ロベルト・デヴェリュー』も政治がほとんど無視されたドロドロの恋愛ドラマだったので、これはチューダークイーン三部作を作るにあたってドニゼッティのそういうコンセプト(あるいは趣味)が前面に出てきているということなのかもしれない。

 

 豪華なセットや凝った衣装、それぞれのキャラクターをしっかり把握して迫力ある歌を聴かせてくれる歌手の演技はどれも大変良かった。宗教紛争の側面がそんなに出ていない一方、マリアは森の場面で首にぶら下げた十字架が引き立つ地味な衣装を着ていて、性格がよく表れている。マリアは処刑の際、黒い外套を脱ぐと鮮やかな真っ赤なドレスが内側から現れ、女王としての偉容という演出があり、ここは歌ともあいまって極めて劇的だった。エリザベッタの衣装は昨日の『アンナ・ボレーナ』のエンリーコ同様、現存する肖像画をヒントにしていると思われ、大変綺麗なドレスを着ている。