50年代頃のイタリアが舞台の楽しいプロダクション~ウィーン国立歌劇場『チェネレントラ』(配信)

 ウィーン国立歌劇場の『チェネレントラ』を配信で見た。スヴェン=エリク・べヒトルフ演出、ジャン=クリストフ・スピノジ指揮で、2018年2月22日に上演されたものである。

 舞台は「サン・ソーニョ」というヨーロッパの小国らしいのだが、50年代くらいのイタリアを意識しているようで、着るものやセットは『ローマの休日』みたいである。ラミロ王子(マキシム・ミロノフ)の居城にはイタリア国旗の三色に鎌(たぶん農業を象徴)とエビ(漁業を象徴)を添えた、ソ連の国旗をイタリアンにしたみたいな旗がかけられている。セットの一階部分にはクラシックカーのコレクションを置く車庫がある。

 チェネレントラことアンジェリーナ(イザベル・レナード)もラミロ王子もメガネをかけた真面目で大人しそうな若者で、見かけは華やかだが政治的には保守的そうな王国の文化にあまり適応できていない雰囲気である。そういうわけでこの二人は似たもの同士で惹かれ合う。最後の場面では、国旗の間にかかっていたいかめしい軍服姿の王の肖像らしいものがくだけた雰囲気の若きカップルの肖像に変り、新時代の幕開けとなる。主演の二人が知的で地味な若者なので、衣装などはあまりおとぎ話っぽくない、趣味はよいが派手すぎないものを選んでまとめている。もう少し尖ってもいいかと思うところもあったが、全体的によくまとまっていて楽しく見られるプロダクションだった。

 

ヨコハマ学生演劇祭2020第1日目(配信)

 ヨコハマ学生演劇祭2020の第1日目を配信で見た。演目は芝居の最もアツい場所『猛菌芝居 女優殺幕間煉獄』、枯井戸企画『a closed room〜W シェイクスピアテンペスト』へ〜』、明治学院大学演劇研究部 『朝の作り方』だった。

ystf-web.jimdosite.com

 正直、学生演劇なので配信クオリティは大変悪く、とくに音が割れるところが多くて、マスクをつけて話すとたまにマイクが音を拾わない。2演目目の『a closed room〜W シェイクスピアテンペスト』へ〜』では、iPadを見せるところなどはあまり画面がよく見えなかった。この厳しい状況の中、学生演劇がとにかく頑張っているらしいということはわかったが、とりあえずなんとなく雰囲気がつかめるというくらいの配信である。

キャストを一部変更しての再演~シアターコクーン『フェードル』(配信)

 栗山民也演出、シアターコクーンの『フェードル』を有料配信で見た。2017年の上演をキャストを一部変更して再演したものである。

www.phedre.jp

 全体的には2017年のものとそこまで大きく印象は変わらなかったのだが、イッポリットが林遣都になったのはかなり違う印象を受けた。林イッポリットはかなり繊細でひどくうじうじと悩んでおり、真面目だがちょっとしたことで感情を爆発させそうな感じの青年で、私が想像するイッポリットのイメージにけっこうよくマッチしていた。このイッポリットは大竹フェードルとかなり共通点があるというか、どちらも爆発的な激しい情熱を秘めているが、それを隠しているせいで傲岸に見えるタイプである。イッポリットとフェードルが意外と似たもの同士であることがよく見えるようになっているのはよいのではないかと思った。

かわいいブロマンスの終わらせ方~アルメイダ、Hymn(配信、ネタバレあり)

 アルメイダが無観客配信したHymnを見た。ロリータ・チャクラバルティによる二人芝居である。チャクラバルティの夫であるエイドリアン・レスターがギルバート、ダニー・サパニがベニーを演じている。

almeida.co.uk

 葬儀の弔辞に始まり、別の葬儀の弔辞で終わる90分の芝居である。父のガスの葬儀で弔辞を述べたギルバートはベニーに話しかけられ、ベニーがギルバートと数日違いで生まれた母違いの弟かもしれないということを告白される。それまで尊敬していた父が浮気をし、さらに相手の女性と子供を捨てていたということを知ったギルバートはショックを受けるが、ベニーが弟だということを受け入れて家族として付き合うようになる。兄弟としてとても親しくなるギルバートとベニーだが、やがて破局が訪れる。

 基本的には二人の黒人男性が中年になり、若い頃とは違う形で自分のアイデンティティと向き合わなければならなくなる様子を描いた作品である。ミドルクラスのギルバートと貧しい育ちのベニーには大きな違いがあるが、これまで家族の中でも出来が悪い弟扱いだったギルバートは弟ができたことに喜び、一方で今まで苦労してきたベニーも家族の助けが得られるようになって、二人はとても親しくなる。育った環境が違っても、今まで黒人として人種差別を受けてきたり、同世代で同じような音楽にハマってきたり、仕事や家族のことで悩んでいるという点ではたくさんの共通点が見いだせ、それが二人の絆を強くする。この二人が若い頃を思い出して歌ったり踊ったりしながら仲良くなる様子が実にかわいらしく描かれており、おそらくこの作品で最も洗練されているのはこのギルバートとベニーが若い頃に戻ったような様子でふざけあうところである。ソーシャルディスタンシングのせいでハグや握手をしない演出にしたらしいのだが、明らかに二人が心を通じあわせていることがよくわかるようになっている。中盤の多幸感はものすごいのだが、それが最後、憂鬱に突き落とされるような破局につながる。

 中年男性の男らしさとアイデンティティを扱った作品としては面白いのだが、かわいいブロマンスを終わらせるやり方としてはかなりショッキングなオチがちょっとご都合主義的なメロドラマっぽい気もする。また、明らかにレスターとサパニの演技力に頼った芝居なので、他の役者でやって完成された作品になるかどうかはわからない。そして思ったのは、前にオールドヴィクがやったアンドルー・スコットのThree Kingsも今は亡き父と息子の関係(しかもイギリス社会ではマイノリティである民族の男性が主役)についての話で、ちょっと似ているということだ(撮影はオールドヴィクよりアルメイダのほうがかなりこなれているが)。新型コロナウイルスが流行っている中で父と息子の関係を見直すみたいな芝居が流行っているのはいったいどういうことなのか、何か世情に関係があるのだろうか…それ以前からあった「男らしさ」を考えるみたいな文芸のトレンドと、外出や旅行ができなくなったせいで家族に会えない人が多くなっていることが重なってそうなっているのだろうか…

6/18に朝日カルチャーで『ロミオとジュリエット』の講義をします

 6/18に朝日カルチャーにて、『ロミオとジュリエット』についての講義をします。『ロミオとジュリエット』は恋愛悲劇なのですが、意外とたくさん含まれている笑いとか諷刺について話す予定です。

www.asahiculture.jp

3/6にJACET中部支部研究会にてウィキペディアについての発表をします

 3/6の16:40よりJACET(大学英語教育学会)中部支部研究会にて「ウィキペディアと大学の英語教育」という発表をします。私がやっているウィキペディアの翻訳セミナーについて話します。

www.jacet-chubu.org

イモが活躍するブラックな諷刺コメディ~『喜劇「人類館」』(配信)

 『喜劇「人類館」』を配信で見た。知念正真作の1976年の作品で、岸田賞もとっているものである。上江洲朝男演出で、無観客上演になってしまったものを21日まで無料配信している。ダブルキャストで複数バージョンがあり、とりあえず第一演を見てみた。

www.youtube.com

 有名な人類館事件(1903年、大阪の博覧会で沖縄などいくつかの地域の人々の暮らしが見世物的に展示されたことに起因する事件)を中心に、第二次世界大戦基地問題まで、沖縄に対する差別問題を扱ったシュールなブラックコメディである。沖縄のアイデンティティと差別という大変深刻な内容を扱っている一方、生活感あふれるイモに始まりイモに終わるコミカルな作りになっている。沖縄の人たちがイモを食ってるとかいうようなことを内地人が差別的に言うところがあるのだが、こういうそれ自体は何の問題になるのかよくわからないような食物文化の違いを偏見に結びつけて「遅れている」とするというのは、南太平洋の島々とかアイルランドとかに対する差別でもありそうなことだ(私はイモ類が大好きなので、このイモの巧みな使い方がとても気になった)。かなりローカルな話だが差別がどう作られるかという問題全般につながっていると思った。

 ただ、ちょっと思ったのは、こういうイモのくだりみたいな生き生きしたところがある一方、少し図式的に見えるところもあるのではないかということだ。70年代の作品だからかもしれないが、性暴力の描き方などはよくある感じで、女性が無力な被害者として見えやすい描き方になっているような気がする。あと、以下の伊藤陽寿先生のツイッタースレッドを見てから考えると、そもそも人類館事件においては沖縄の人がアイヌなど他の民族とは自分たちは違うのだという偏見を持っていたことが背景にあるということなのだが、こういう複雑かつ重層化された差別をやや単純化しているようにも思える。

  なお、せっかく配信にするならもうちょっと音声を良くしてほしいというのは思った。ただでさえ沖縄の言葉が出てきていて難しいので、予算の制限があるのかもしれないが、もう少し音をクリアに撮ってほしい。あと、正直、沖縄の言葉が大変難しくてほとんどわからないところもあったので、ここは配信の強みで字幕をつけたほうがいいのじゃないかと思った。共通語だけじゃなく、英語もあるともっと人目に触れるようになると思う。