せっかくアンドルー・スコットが笑わせてくれるんだから、みんなの笑い声が聞きたい~Three Kings(オールド・ヴィクよりライヴ配信)

 オールド・ヴィクがライヴ配信しているThree Kingsを見た。アンドルー・スコットのためにスティーヴン・ベレスフォードが書き下ろした一人芝居で、マシュー・ウォーチャスが演出している。撮影した映像をアーカイヴにして配信するのではなく、最初の挨拶とか注意事項以外は全てスコットの演技をカメラで撮ってネット中継するという形式である。上演時間は1時間くらいだ。

www.oldvictheatre.com

 アイルランド人の男性であるパトリックと、生前ほとんど会うことのなかった父親(同じパトリックという名前らしい)との関係に関する作品である。タイトルのThree Kingsというのは、8歳になったパトリックのところに初めて会いに来た父親が教えた3つのコインを使ったパズルゲームである。このゲームにはたぶんいろいろな意味がある。まずは父が子に課した試練である(この父親はまあ全く頼りにならない父親で、パトリックに対してこのパズルが解けたらまた会いに来るとかなんとかいう口約束をする)。一方でパトリックの父親というのはほぼ詐欺師みたいな生活をしていた人であることがわかってくるので、人の注意を引くためのトリックであるこのゲームはその怪しい生き様を象徴する。さらにThree Kingsというのは、聖書に出てくる東方の三博士の別名であり、つまり幼子イエスの誕生を祝って贈り物をもってきた人々を指すので、たぶん父から子への贈り物という意味もある。パトリックは自分の父親がひどい男だということは認識しているのだが、自分にも父親に似たところがあるのはわかっており、さらに終盤で異母弟であるパディ(パトリックの愛称で、つまりパトリックの父親は息子2人に自分と同じ名前をつけた)にも別の点で自分に似たところがあると知る。最後にパトリックが自分たちの欠点について「父」(これは実父でもあり、神でもある)に祈る場面があり、全体的にキリスト教的な象徴に満ちた芝居だと言える。

 もともとライヴ配信を想定して作ったというだけあり、撮影はかなり凝ったものである。Three Kingsというタイトルにあうよう、最初の場面はひとつのカメラがスコットをとらえ、次の場面は2つのカメラ、その次の場面は3つのカメラになって、最後のお祈りの場面はまたカメラがひとつに戻る。これはちょっとキリスト教の三位一体を連想させるところもあり(たぶんパトリックという3人の男が本質的には似ていることを撮り方で示唆しているんだろう)、またスコットの細かい表情や動作をいろいろな角度からとらえられるので、とても効果的な試みだ。ちゃんと英語字幕も出る。

 スコットがモノローグが得意なのは既にSea Wallでよくわかっていることなのだが、この作品のスコットの演技も大変良かった。ひとりでいろんな役をやり、感情的な悲しい場面から面白おかしいところまで、非常に広い表現をしている。かなり重い話なのに笑うところもけっこうある。お父さんが"Spanish Count"のフリをして別の女性に近づいていたという話を聞くくだりでパトリックが「え、Spanish Countですか?」みたいに聞き返すところはかなり笑った(Count「伯爵」は英語でCunt「マンコ野郎」と発音が似ているので、まるでオヤジさんがスペイン人のスケベ野郎として女に近づいたみたいな響きで笑える)。またアイルランドネタもあり、パトリックのオヤジさんが知り合いのピートをけなすのに「イギリス人ときたら、シェイクスピアからパーマストンを経てピートに劣化してる」とかいうそれはそれはひどい発言をするところの「パーマストン」は、首相もつとめた有名な政治家である一方、アイルランドの領地で情け容赦のない不在地主ぶりを発揮していたパーマストン子爵ヘンリー・ジョン・テンプルのことで、これも笑うところだと思う。ただ、悲しいのはZoom観劇だと周りのお客さんの笑い声が聞こえないことで、これはとても寂しい。せっかくスコットが笑わせてくれるんだから、みんなの笑い声を聞きたい。