カップルになるには絶対、あの「何か」が必要〜安藤モモ子監督『カケラ』

 安藤モモ子監督の『カケラ』をICA(現代美術院)で見てきた。


 これは義肢を作ってるレズビアン(とは言いにくいのだが、まあビアン)の技術者リコと、どうしようもない大学院生(大学四年かもしれないが、とにかく次から助教になるらしい)と付き合ってる女子大生(明らかに早稲田)ハルの微妙な恋愛ものである。この二人はひょんなことから出会って、リコの猛烈なアプローチでどんどん接近する。出来には荒削りなとこもあるし、ひとつどうしても飲み込めない点があるんだけど、私としてはとにかくツボにはまった。普通にいい映画だったと思うので、ロクでもない男にひっかかったことのある東京在住女子と早大生は今すぐユーロスペースに走ったほうがいいかもしれないと思う(ロンドンと東京同時公開だとか)。


 とりあえず私としてはグッと来たツボが二点あるのだが、ひとつめは主人公の一人であるリコが義肢(足とか手とかだけじゃなく、耳とか乳房も)を作る人だということである。リコが義肢技術者になったのは人の体の欠けた所を補う仕事に魅力を感じたかららしいのだが、女装論文を書いた人としては、体がバラバラになっているとか欠けている、それを補いたい、というのはすごく興味深いテーマである。まあ、作中でほのめかされているように、補うのが最も大変な体の部位は心なのだが…


 もうひとつツボだったのは、ハルの彼氏の了太のダメっぷりである。とにかく信じられないほどひどい男で、途中でカップル間の強姦の場面が二回も出てくる(これは見ていてかなり厳しい)。しかしながらカップル間の強姦までいかなくても、自分の交際相手にああいうひどい態度をとる(他にも女がいるので突然家に来るなと言ったり、ろくに話もせずに性交渉だけ求めたり、まともにデートもしないくせにいきなり家に呼びつけたり…)男性となかなか別れられなくなる女性は後を絶たないと思うので、そういう人には是非見て欲しい。ちょっとネタバレになるが、リコが了太の局所に蹴りを入れてボコボコにする場面は極めて爽快である(この場面は会場大爆笑。隣に座っていたイギリス人のおっちゃんはむせるほど笑ってた)。


 この映画はこんなリコとハルの暮らしぶりを丁寧に描いていてそのあたりが非常にリアルで好感が持てるのだが、一つ「?」と思ったのは、リコが「私は女好きなんじゃなくてハルちゃんが好きなんだよ」と言うところである。リコはどっかのレズビアンバーに通ってたりするし(あれ、どこのバーだ?)、男には興味がないようなのだが、なぜか自分をレズビアンだとは考えずに「男女とかいう前に人間を見よう」的な態度をとる。あと、監督もインタビューで、「レズビアン映画を作りたかったわけではないです。レズビアン映画とカテゴライズすること自体が差別であるとも思いますし。男とか女とかの前に人間であるというところで、あえて女同士としました」と言っている。


 私は男好きなヘテロセクシュアル女性として、「男とか女とかの前に人間である」という話があまりよくわからないし、かえってこういうほうが差別なのではないかと思う。男だ女だとかいう前に人間なのは当たり前だが、性的指向はそれとは全然違う話だろう。男でも女でも人間として好きになれる人は世の中にたくさん存在すると思うが、人間として好きになれるかということと、性的魅力を感じるかとかずっと一緒に顔つきあわせて暮らしたいかとかいうのは全く別の話である。この映画はそのあたりの深刻な区別をなんとなくはぐらかしている気がしてどうもそこがピンとこなかった…例えばハルがカンペキにろくでもない了太と寝るのをやめられないのはたぶん相手に男性としての性的魅力を感じているからであって、最初はハルはバリバリのヘテロセクシュアルである。ところがハルはリコに猛烈なアタックを受けてリコになびく…ものの、リコとの仲をなかなか公言できなかったり、色々悩む。しかしながらこの映画ではハルとリコの間にいかなる性的接触があったのかは全くぼかされているので、ハルはリコに性的魅力を感じているのかそうでないのか、あるいはこの二人の性的関係は互いに満足すべき幸せなものとして存在しているのかそうでないのかがよくわからない。


 …そんなわけで、私はこれを見ていて、最後のほうでハルがリコからどんどん離れていくのはたぶんハルがリコに性的魅力をあまり感じてないからなんじゃないかと思ってた。つまり、この映画は「やっぱ人間として好きなだけじゃうまくいかないんだよ!カップルになるにはあの何かが必要なんだよ!」っていう話なのかと思ったのだが、監督の話からするとそうでもないようだ。しかしながら、ハルがリコから離れていくのはやっぱりあの「何か」が足りないからだろうっていうのは見ててかなりはっきり思ったな…この「何か」はちょっと説明が難しいものなのだが、ケミストリというかアニマルアトラクションというか…ヘテロセクシュアル女性だとカンでわかってくれることも多いのだが、ヘテロセクシュアル男性にこの話をすると私の説明が悪いようでたいていわかってもらえないんだよな… 


 しかしながら、女二人が交際する映画を作って「レズビアン映画ではない」というのは、私はどことなく偽善のにおいを感じる。『ブロークバック・マウンテン』とかも「これは単なるゲイ映画ではなく…」という人がいるが、別に堂々とゲイ映画でいいじゃないか…リコも堂々と女好きを公言したほうがいいと思う。そのほうがもっとドキドキするようなラディカルな映画になったんじゃないかな…
 


 あと、全然関係ないけど志茂田景樹がおばあちゃん役で出てる。これは一見の価値あり!