レズビアンで非白人のティーンであることが一大事ではない、画期的な青春映画~『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』(ネタバレあり)

 『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』を見てきた。

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 舞台はブルックリンのレッドフックで、寡夫のフランク(ニック・オファーマン)はあまり流行っていないレコード店を営んでいる。娘のサム(カーシー・クレモンズ)は父よりずっとしっかりしており、優秀な成績でUCLAの医学部に進学予定である。元ミュージシャンのフランクは家を離れる直前のサムとジャムセッションをするが、そこでできた曲をネットで配信したところ思ったより高評価を受ける。音楽の夢を捨てきれないフランクは娘とバンドを始めたいと思うようになるが…

 

 自由奔放だがちょっと子供っぽいところのある父と、はるかにしっかりした娘、双方の自立をユーモアをまじえてあたたかく描いている。小さな作品だがとても楽しく見ることができ、後味が良い。家主レズリー役のトニ・コレットやパブの主人役のテッド・ダンソン、おばあちゃん役のブライス・ダナーなど、豪華な脇役たちも含めて役者陣の演技もとてもハマっている。

 とくに良かったのは、サムは非白人、レズビアンでローズ(サッシャ・レイン)という同年代の恋人がいるのだが(ベクデル・テストはこの2人の会話でパスする)、それが全然、この作品で大きなテーマになっておらず、人生のよくある一断面として「医者になりたい」とか「音楽が好き」みたいな属性と同じレベルで描かれていることだ。フランクの亡き妻はバンド仲間で非常に音楽の才能があったらしいアフリカ系アメリカ人女性で、その娘であるサムはバイレイシャル、彼女のローズもバイレイシャルなのだが、この映画では人種問題が全然、大問題として出てこない。ブルックリンは非常にいろいろな民族が住んでいるところで、バイレイシャルな子供であることはどうってことないよくあることとして描かれている。さらに、この映画では父親であるフランクは娘がレズビアンであることを全く気にしていない。ラブソングを描いたサムに「彼女いるのか?ひょっとして彼氏か?」とかさらっと聞いたりするし、サムが夜遅く帰ってきてもフランクは心配して電話しろと注意するだけで怒らない。フランクは、本人がちょっと子供っぽくて子離れできていないところがあるとはいえ、サムの性的指向については非常にオトナな対応をしているし、娘の判断力を信頼しているという点では子供をよく見て気にかけている親だ。この映画はサムがレズビアンで非白人であることが全体のプロットに大きくかかわる問題として描写されておらず、サムが悩んでいる恋とか、音楽と医学の両立の問題とか、父との関係とかは全部、どこに住んでいるどんな子であろうとよく直面するような問題として描かれている。

 もちろん、同性愛差別や人種差別を描いた青春映画も重要だが、こういう同性愛者で非白人である女の子とその父のありがちな対立や苦労を丁寧に描いた作品も必要だと思う。というのも、非白人だとかレズビアンだとかいうのはたしかに人生において大事な要素だが、それだけがある人の人生を決める要素ではないからだ。ヘテロセクシュアルだったり白人だったりする人の人生全てが性的指向や人種で規定されているのではないのと同様、同性愛者だったり非白人だったりする人の人生にも性的指向や人種にあまり関係ない要素がたくさんある。そういう多面的な人生の描き方をここまで上手にきちんとやった映画はあまりなく、レズビアンの女の子や非白人の女の子がヒロインだとそれだけがテーマになってしまいがちなので、こういう映画は画期的だと思う。