『錬金術師』meets『ヘンリー四世』!~『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』におけるシェイクスピア化するMCU(ネタバレあり)

 『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』を見た。

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 主人公はもちろんピーター・パーカーことスパイダーマン(トム・ホランド)である。『アベンジャーズ/エンドゲーム』の後、5年間消えていたピーター、ネッド(ジェイコブ・バタロン)、MJ(ゼンデイヤ)はやっとふつうの生活に戻ることができ、勉強を再開して、科学クラブのヨーロッパ修学旅行を楽しみにしている。ところが、ピーターたちが出かけた先のヴェネツィアに怪物であるエレメンタルが出没し、パラレルワールドからやってきたヒーロー、ミステリオことベック(ジェイク・ジレンホール)がそれを迎え撃つことに…

 

 全体的にたいへんシェイクスピア風味の作品でちょっとびっくりした。まず、敵が「エレメンタル」、つまり四元素であるというあたりがまるで近世のお芝居みたいだ。火、風(空気)、水、土が世界を構成する「四元素」であるというのは古代ギリシア由来の科学観だが、近世でもお馴染みの考えで、シェイクスピアなどの英国ルネサンス演劇にもしょっちゅう登場する(クレオパトラは『アントニークレオパトラ』で、より高次の元素である火と風になって死にたいと言って自殺する)。そしてこの四元素と戦うミステリオがヒーローである…わけだが(以下ネタバレ)、実はミステリオはヒーローになりたがっている拡張現実技術の専門家で、スターク社を追い出されたことを恨みに思って怪物との戦いをでっちあげているだけであり、この四元素の怪物どもは全部インチキであった。ヒーローであるミステリオを支えているクリエイティヴチームがおり、全員で手の込んだ詐欺を演出していたのだ。これ、ベン・ジョンソンニセ科学を皮肉ったお芝居『錬金術師』に似た展開である。『錬金術師』では主人公である執事が詐欺師達とチームをつくり、偉大な錬金術師のフリをして皆から金を巻き上げようとする。ミステリオが率いているのは、ニセ錬金術師チームだ(ちなみに最後に出てくるエレメンタルは「テンペスト・エレメンタル」とかいう名前なので、たぶんミステリオは妖精たちを使って魔法で復讐をしようとする『テンペスト』のプロスペローでもあるし、また嫉妬ゆえに主人を陥れようとする『オセロー』のイアーゴーにも近い)。

 一方でこの作品の本当のヒーローであるピーターをめぐる展開ははるかにシェイクスピア史劇ふうである。フューリー(サミュエル・L・ジャクソン)がヴェネツィアの船の上でピーターに「王冠を頂く頭は安眠せず」という『ヘンリー四世第二部』の有名な台詞を引用するが、この映画ではピーターがイタズラ小僧のハル王子、亡きトニーがいろいろすねに傷もありながら偉大な王として亡くなったヘンリー4世である。しかしながらこの映画のハル王子は騙されやすい無垢な少年で、トニーからもらった王冠(この映画におけるあのメガネは王冠の役割を果たす)が自分にふさわしくないと思い、簒奪者ミステリオに王冠を譲ってしまう。それが最後に次の王としての自覚を持ち、先代の遺志を受け継ぐ忠実な侍従であるハッピー(ジョン・ファヴロー)に支えられて王座に復帰するまでを描くのがこの話である。終盤、飛行機の中でコスチュームを選ぶピーターはトニーにそっくりで、ハッピーはそれを見てとても嬉しそうな顔をするが、これは文字通りピーターこそが先代の王トニーの衣鉢を受け継ぐ者だからだ。この作品は王位をめぐる壮大なシェイクスピア的ドラマである。

 

 そういうわけで、これはまるで古典的な史劇みたいな作品であるわけだが、一方でフェイクニュースポストトゥルースを倒すべき悪として見据えているところは『メン・イン・ブラック:インターナショナル』と関心を共有していると言える。どちらも力と才能を持つ悪党が嘘を真実であるかのように思い込ませ、騙されたことに気付いたヒーローが愚者の楽園に安住せず真実を選ぶ、というのが両作品のテーマである。しかしながらテーマの扱い方は『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』のほうがはるかに成熟しており、危機のないところに危機を作り出すショーマン、ミステリオは非常に奥行きのある悪役だ。さらにシェイクスピアなどを通してプロパガンダの技術が「フェイクの芸術」としての古典的な舞台芸術に接続されているあたりも面白く、終盤のミステリオはちょっとわがままな舞台演出家みたいに見えるところもある。

 

 他にもいろいろ小ネタ的に面白いところはある。レッド・ツェッペリンのくだりは笑えたし、メイおばさんの衣装は最高である。ゼンデイヤもあいかわらず良いが、ベクデル・テストはパスしない。