冷蔵庫に入れるのはソーのビールだけでいいんだよ~『アベンジャーズ/エンドゲーム』(大量ネタバレ注意)

 『アベンジャーズ/エンドゲーム』を見てきた。

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 不必要にネタバレしないほうがいいのであらすじは省略する(この後盛大にネタバレするけど)。2008年からやっていて22本あるシリーズの完結編的位置づけということで、大河ドラマの終わりみたいな作品である。これだけ広がった話をちゃんとまとめて過去作への目配りもあり、笑うところも泣くところもあって、全体としては文句はない。キャップとトニーが再会するところとか、ピーター・パーカーがトニーのところに戻ってくるくだりはかなり感動した。なお、ベクデル・テストはガモーラとネビュラの会話でかろうじてパスすると思う。

 

 しかしながら、私がとにかく悲しく思っているのはナターシャのことである。ナターシャが冷蔵庫に入れられたからだ。

 

 「冷蔵庫の女」という概念がある。これはアメコミの分析から始まって今では映画などでも使われるようになっている批評概念の一種で、男性ヒーローの成長とか動機付けのためにガールフレンドや家族など、親しい女性が殺されるようなプロットを指す。つまり、女性が殺されることが主人公男性を奮起させ、活躍させるためのプロットデバイスとして使用されるわけである。もともとは『グリーン・ランタン』でヒーローの恋人が殺されて冷蔵庫に入れられるという話があり、そこからつけられた。こういうプロットはいろいろな作品に出てくるのだが、性別を逆にして使われること、つまりスーパーヒロインのボーイフレンドが殺されるという方向性の展開が採用されることは目立って少ない。ふつうは女性ばかりが男性の活躍のために劇中で殺されているということだ。

 

 ナターシャ(スカーレット・ジョハンソン)はMCUの中ではあんまり女性ファンに人気のあるキャラクターではない。もともとスカジョはそんなに女の子に人気がある女優ではない。それにMCUだと、ロシアのセクシー暗殺者といういかにも20世紀の遺物みたいなナターシャよりも、酔っぱらいで口汚いけどイイやつであるヴァルキリー(テッサ・トンプソン)とか、親しみやすくてマイペースなキャプテン・マーベル(ブリー・ラーソン)とかのほうが現代の女の子が憧れるスーパーヒロインだと思う。それでも私はナターシャがけっこう好きだった。

 

 というのも、アベンジャーズでまともに交渉とか人間関係のマネジメントができるのはナターシャだけだったからである。ナターシャはMCUのスーパーヒロインの中では一番、ジェンダーステレオタイプをがっつり引き受けている女性だったが、それは彼女がセクシー美女だからじゃない。彼女がアベンジャーズの男どもが苦手とするコミュニケーションの役割を全部引き受けていたからだ。ナターシャは『アイアンマン2』でトニーを助けて以来、キャップやブルースやホークアイがトラブったり、精神的な危機に陥るといつも助けてやっていた。ソコヴィア協定みたいな外交の場にきちんと出られるのも、アベンジャーズの中ではナターシャくらいなもんである。『エンドゲーム』でも、みんながバラバラになった後、アベンジャーズの本部で機械を動かして世界の平和のためにひとりで働き続けていたのはナターシャだ。ナターシャはみんなのことを考えて動いてきたヒーローだった。

 

 そんなナターシャが、『エンドゲーム』中盤でホークアイと一緒にソウルストーンを得るために出かけ、ホークアイとほとんどだましあうような形で自分の身を犠牲にする。ナターシャはホークアイが自分を愛しているはずだという自信があった…というか、今までアベンジャーズのために尽くしてきたんだから、全員が自分をなんらかの形で愛してくれているはずだという確信があっただろうと思う。『エイジ・オブ・ウルトロン』でナターシャは自分が不妊だということをものすごくつらそうに言っていたが(ちょっと抑圧を内面化しすぎな感じで)、あの台詞からしてナターシャは家族が欲しかったはずだ。ナターシャの家族はアベンジャーズだけだった(字幕ではよくわからないが、英語ではアベンジャーズの面々はナターシャを「ナット」(Nat)というジェンダーニュートラルな愛称で家族みたいに呼んでいる)。ナターシャは家族のために身を犠牲にしたのである。

 

 そして、このせいでアベンジャーズの男どもはショックを受けて奮起し、新たな戦いに備えるわけだが、この展開はあまりにも「冷蔵庫の女」すぎる。ナターシャはアベンジャーズと市民の平和のために尽くしたが、戦いで英雄的に死ぬこともできなかったし、その死は他のアベンジャーズを奮い立たせるためのプロットデバイスになってしまった。アベンジャーズの中でも最も古株で、とてもつらい人生を生きてきたナターシャはもっといい結末をもらえてしかるべきだったと思う。トニーは英雄的に死に、キャップは自分の人生を選んだが、ナターシャには盛大なお葬式すらなかった。ナターシャは冷蔵庫に入れられておしまいだったのだ。冷蔵庫に入れるのはソーのビールくらいでいい。おやすみ、ナターシャ。