楠明子『シェイクスピア劇のたち』

 楠明子『シェイクスピア劇の〈女〉たち―― 少年俳優とエリザベス朝の大衆文化』(みすず書房、2012)をやっと入手して読んだ。

 シェイクスピア劇の女性表象を、少年俳優が女役を演じていたということに着目して読み解く論考集で、これだけだと結構まあ先行研究もたくさんあるしなぁ…と思ってしまうのだが、もう一つの軸として最近とても盛んになっているルネサンス期のポピュラーカルチャー研究の成果(これとか)を取り入れており、大衆文化の影響がシェイクスピアの女性表象にどういう影響を及ぼしているかという点について私が大好きなC・L・バーバーシェイクスピアの祝祭喜劇』あたりを基本にしながら論じており、そこがとても私の個人的関心にも近くて面白く読めた。取り上げている作品は『夏の夜の夢』『から騒ぎ』『お気に召すまま』『ハムレット』『アントニークレオパトラ』『冬物語』の六編で(比較対象としてメアリ・シドニー・ロウスなど女性劇作家の作品にも言及している)、とくに身分が高いはずの女性キャラクターがかなり庶民文化に根ざした台詞を言っているところなどを細かく分析している箇所が興味深い。一応、研究書だが少年俳優や大衆文化についての研究動向などもわりとコンパクトかつ一般向けにまとめられており、シェイクスピアが専門でない人でも十分読めると思う。

 ただ、細かいところで疑問がいくつかある。例えば「少なくとも、シェイクスピアは少年俳優の演技が実は『偽物』であることを常に意識していた」(p. 24)とあるのだが、これは少年俳優だけじゃなくて別に男役をする大人の俳優でもそうである気がするので(ハムレットのヘカテのくだりとか…)そんなにこれは特別なことではないのではないか、というのが一点。もうひとつの『アントニークレオパトラ』論で「シェイクスピアが描くクレオパトラには公的に政治を取り仕切る能力はあまり見られない」(p. 157)とあるのだが、これについては『アントニークレオパトラ』はめちゃめちゃ政治劇でクレオパトラはすごく政治的なキャラとして描かれているという議論をしている論文もたくさんあって私も論文でそういうことを書いているので、ちょっとこれだけですましてしまうのは納得できなかった。