地元の劇場を支援しよう!〜『SING/シング』(ネタバレあり)

 『SING/シング』を見てきた。

 擬人化された動物の世界を舞台にしたアニメである。根っからのショーマンで自分が所有しているムーン劇場の経営に四苦八苦している興行主、コアラのバスター・ムーン(マシュー・マコノヘイ)は起死回生の一策として歌のコンテストを企画。ところがアシスタントであるイグアナの老女、クローリーさん(ガース・ジェニングス)のミスで1000ドルのはずの賞金が10万ドルとして宣伝されることになってしまい、劇場はオーディションで大賑わい。予選やら脱落やらいろいろあり、ゴリラのジョニー(タロン・エジャトン)、ブタのロジータ(リース・ウィザースプーン)とグンター(ニック・クロール)、ハリネズミのアッシュ(スカーレット・ジョハンソン)、ねずみのマイク(セス・マクファーレン)、ゾウのミーナ(トリー・ケリー)に、バスターの友人である金持ちの息子、ひつじのエディ(ジョン・C・ライリー)でショーを運営することになる。ところが大きな災難がどんどん降りかかり…

 とにかく舞台が好きなら絶対楽しい映画である。最近の映画の劇場描写では『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』がかなり良かったかと思うのだが、あれに匹敵するかそれ以上かもしれない。非常にきちんと吊りものなどの装置類を描写しており、アニメらしいデフォルメと稼働中のボロ劇場らしいリアルさの間でバランスがよくとれている感じだ。だいたいの場面では舞台装置類がひっかかったりうまく動かなかったりもしつつ、わりと現実に近そうな様子で描かれているのだが、ねずみのマイクがマイク(あれ、シャレだよね?)の上に乗って振り回されるところなど、ここぞというところではドタバタアニメっぽい荒唐無稽さをふんだんに出してくる描写になっている。
 またまた遵法精神は無いがクリエイティブなところだけはふんだんにあるバスターが危険な舞台装置を勝手に作ったせいで劇場が壊れてしまうというところも、荒唐無稽さとリアルさのバランスがよくとれていると思う。まああそこまでの大規模な倒壊はめったにないだろうが、実は舞台に通っている人なら安全対策を怠ったせいで装置が壊れるとかケガ人が出るとか、実はけっこう聞いたこと、見たことがあったりする(なんとロンドンのグローブ座は17世紀はじめに装置として大砲を使用した際、失敗して全焼しているし、私は上演中にセットが倒壊するのを見たことがある)。バスターみたいなタイプはいかにもああいうことをやりそうだ…と、けっこうリアルさを感じてしまった。あと、バスターが設置した水を使った装置だが、劇場に水を引くのは19世紀から行われており(海戦の場面とかで使う)、ウォータープロジェクションも1922年に既にドイツの劇場で使われてて、水のトリックというのは劇場で使われるテクノロジーとしてはわりと伝統があるものである。
 一番いいのは、これが「地元の劇場をもっと盛り立てよう」という心意気に関する話だということである。大きな町からツアーに来てもらったり、遠くからスターを客寄せに呼んだりするのではなく、地元で才能を育ててショーを作ることが大事だという含みがある(こういう映画がハリウッドで作られてるっていうことがまたちょっと皮肉ではあるのだが)。劇場がなくなろうが、金がなかろうが"The Show Must Go On"であり、野外でもDIY舞台芸術をやることができる。このDIYで上演をするところで、本作とっておきのギークマムであるロジータが背景を作るなどの活躍をするあたりもニクい。

 細かいところとしては、ジョニーの声をあてているタロン・エジャトンはやたら歌がうまくてビックリした。今後も是非ミュージカルに出て欲しい。個人的にはロジータとグンターのショーが「テイク・オン・ミー」へのオマージュっぽくて気に入った。疲れ気味の主婦が洗濯をしていると手書きの風景からホットなダンサーが飛び出してくるという内容になっており、ちょっとバーレスク風味でもある。なお、ベクデル・テストはちょっと微妙で、ミーナとお母さんの話でパスするかもしれない…が、お母さんの名前がわからないかも。