ギリシア悲劇を手際よくまとめているが、最後は疑問〜鵜山仁演出『エレクトラ』

 世田谷パブリックシアターで鵜山仁演出『エレクトラ』を見てきた。エレクトラオレステス姉弟に関するギリシア悲劇をまとめて一編にしたもので、全体的にアイスキュロスのオレステイア三部作を下敷きにしているほか、前半はソポクレス『エレクトラ』やエウリピデスエレクトラ』、後半はエウリピデス『タウリケのイーピゲネイア』などに基づいている。エレクトラ(高畑充希)とオレステス(村上虹郎)が父アガメムノン(麿赤兒)の仇を討つため母クリュタイメストラ(白石加代子)とその恋人アイギストス(横田栄司)を殺すまでが前半、復讐の女神たちに付け狙われるようになり、狂気に陥って放浪の末タウロイ人の土地に流れ着いたオレステスが、生贄にされたはずであるのに神のご加護で命を助けられ、アルテミスの巫女になっていた姉イピゲネイア(中嶋朋子)と再会して故国に戻り、赦しを得るまでが後半である。

 セットは前半部分は真ん中に大きな木があり、四隅に小さな腰掛けが設置されている。後半はこの大きな木がパカっとあいて、タウロイ人の神殿にあるアルテミス像になる。照明がなかなか凝っており、光と影を使っていろいろな自然や神の力などを表している。

 暗くて重厚なギリシア悲劇を、神の介入をからめて少々道徳劇っぽく味付けしながら手際よくまとめた作品である。登場人物が皆非常に現代的でリアルであり、とくにエレクトラ(高畑充希)は古典的な長台詞をたくさん言うにもかかわらずまるっきり現代娘で、若くて純粋だが世の中の複雑なことがあまりわからないという感じである。一方で母のクリュタイメストラ白石加代子のパワーがすごく、いかにも苦労してきた大人の女性で、夫の殺害理由を語るところは凄く説得力があるので、むしろクリュタイメストラのほうに理があるように思える。しかしながらクリュタイメストラは虐待的な夫アガメムノンを殺してその手から逃れたにもかかわらず、善良で優しい男ではなく憎悪に凝り固まったアイギストスに惚れ込んでおり、ダメ男ばかり好きになる女性のつらさも満開だ。アイギストスは出てきてすぐ殺されてしまうのだが、演じる横田栄司が謎の説得力で、不幸な既婚女性なら誰でもコロっといってしまいそうな色男である。しかしながら娘のエレクトラはいささか潔癖なところがある女性なので、そういうダメな色男に振り回される母の心がわからないし、自分に冷たくするアイギストスを母親がいさめないことにも当然、不満である。そこにこれまた若くて純粋な弟オレステスが帰ってくることで母殺しが起こるのだが、この芝居では(アイギストスはともかく)母クリュタイメストラを殺すことについてはあまり良い選択ではなかった、というようなことがほのめかされているように思う。第二部の最初のオレステスに仕える老人の台詞やアポロンの台詞からは、気まぐれな神のせいで長い目で見れば良くない選択をしてしまう人間の愚かさが暗示されているように思った。最後に起こるアテナ女神(白石加代子ダブルキャスト)の介入は非常に慈悲深いものであり、原作に比べると人間に対する優しさがある解決に見える。

 しかしながら、最後の最後でエレクトラが、アポロンのお告げに従って子どもを産み、素晴らしい国を作ろうと言うところは全然、良くないと思った。あれだけぶーたれていた不満な現代娘で、母親を殺し、一時は弟オレステスと近親相姦に走りそうにまでなった反抗的なエレクトラが突然、聖母マリアみたいに運命を受け入れ母になろう、良き指導者を産もうとか言い始めるので、なんだかスケールが小さく、古くさくなってつまらない。母性推しすぎてかなりイマイチだし、エレクトラのキャラの変化としてもご都合主義だと思う。