戯曲はいいが、撮影が大問題~『オレステスとピュラデス』(配信)

 KAAT神奈川芸術劇場の配信で『オレステスとピュラデス』を見た。瀬戸山美咲作、杉原邦生演出で、ギリシア悲劇を下敷きにしたものである。アイスキュロスのオレステイア三部作の中の書かれていない部分を扱ったもので、だいたい『供養する女たち』の後くらいの話だと思われるのだが、かなりオレステイアとは展開も雰囲気も違う。

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 オレステス(鈴木仁)は父を殺された復讐のために母クリュタイムネストラを殺し、そのために復讐の女神たちにつきまとわれてたびたび狂気の発作を起こすようになっている。いとこで親友であるピュラデス(濱田龍臣)は神意に従い、オレステスをタウリケに連れていこうとする。その過程で2人はいろいろな人々に出会い、トロイア戦争の被害と、いまだに残るギリシア人とトロイア人の間の深い溝に気付くようになる。

 物語はオレステイア三部作を現代的に相対化・再解釈しようとするもので、翻案としては非常に野心的なものだと思う。トロイア戦争のせいでいかにトロイアの人々が悲惨な目にあったかというのは既に『イリアス』にもある視点だが、この作品ではこのトロイアの人々が受けた被害をアガメムノンの息子であるオレステスが知るようになり、暴力の虚しさを痛感したオレステスがだんだん復讐や神の定めた運命などに縛られた状態から解放されていく様子を描いている。オレステスクリュタイムネストラ殺しは本当に正当なことなのかについて悩んでいるのだが、クリュタイムネストラ殺し絡みの極めて性差別的な展開は私がオレステイア三部作で非常に嫌いなところなので、この再解釈はとても良いと思う。オレステスが解放に向かっていく一方で、最初は病気のオレステスを愛し保護する役目だったピュラデスは、オレステスが自立し、トロイア人の女性ラテュロス趣里)と愛し合うようになる様子を見て嫉妬に苦しむようになる。このあたりの一方的に恋心を捧げるピュラデスとオレステスの間の親密な感情とその行き違いを細やかに描いた台本は良いし、演技も申し分ない。古典の翻案としては非常にうまくやっている作品だと思う。

 しかしながら、少なくとも配信の映像はかなり撮影に問題がある。なんでこういう舞台をこのやり方で撮ろうと思ったのかが全然わからない。オレステスの狂乱を初めとしてかなり動きのある演出なのだが、ローアングルからおそらくは手持ちと思われるブレブレのカメラで撮るのと、やたら上の遠くに設置したカメラで撮るのを併用している。このローアングル手ぶれ映像は揺れすぎてカメラ酔いを誘発し、役者が走っているところを撮る場面などはちょっとなんとかしてくれと言いたくなるレベルだ。コロスが動く場面などはやたら上のカメラで撮っているのだが、舞台がものすごく大きく、奥行きがあることもあり、上から撮ったカメラだと役者が小さすぎて、自宅のモニタで見ると表情などが全然わからない。なんでこんな奥行きのある舞台でこんな撮り方をしようと思ったのか、謎である。全体的になんか低予算のちゃっちいインディーズ映画みたいに見える。コロスが歌うところなどは安っぽいミュージックビデオみたいなので正直、無いほうがいいと思ったのだが、これは元の舞台で見るとけっこうちゃんとしているのか、それとも撮り方の問題でつまらなく見えるのか、あまり判断がつかなかった。とりあえず撮影をなんとかしたほうがいいと思う。