ユタ出張(6)ユタシェイクスピアフェスティヴァル、詩人が語る『イリアス』(An Iliad)

 ユタシェイクスピアフェスティヴァルで『イリアス』(An Iliad、冠詞がTheじゃなくてAnなので「あるトロイアの歌」くらいな意味かな)を見てきた。これはリサ・ピーターソンとデニス・オヘアによる2012年の芝居で、もちろんホメロスを下敷きにしている。

 主人公はおそらくホメロスとおぼしき詩人(ブライアン・ヴォーン)なのだが、特定の詩人としてのホメロスというよりは、叙事詩を語る人の総体としての詩人みんなを一人に凝縮したような役柄である。ムーサ(ケイティ・フェイ・フランシス)も出てくるが、生演奏をするだけで少ししか話さないので、ほぼ一人芝居である。

 舞台は現代の倉庫みたいなセットで、現代の服装をした詩人が出てきて、ムーサの霊感を受けてトロイア戦争の物語を語る。詩人が朗唱するということで、『イリアス』の昔ながらの形を現代的に再現しようとしているのだと思う。歌はあんまり歌わないが、たまにギリシア語での朗唱もある。

 全体的に非常に厭戦的で、戦争の惨禍を生々しく語る芝居だ。戦いの場があまりにも非人間的であるため、英雄であるはずのアキレウスや立派な家庭人であるヘクトルも怒りのあまり道義にもとる行いをする。ヘクトルの葬礼以降は、詩人があまりの苦痛に語るのをやめたいと言い出す。途中で、トロイア戦争以降の大きな戦争を20世紀までずっとカタログのように並べる台詞などもある。しかしながらどんなに悲惨な内容でどんなに語りたくなくても、詩人は霊感を受けているのでこの人類史のつらく苦しい記憶を語らねばならない。詩人であることの苦痛と業がクロースアップされる上演だ。

 大変面白いと思ったのはカタログの扱いだ。『イリアス』には、いろんな地名と船の名前をえんえんと並べるだけの、「軍船の表」などと呼ばれる箇所がある。これはカタログと言われる叙事詩特有の表現なのだが、ここは本で読むと全く面白くない。しかしながら、この上演ではこの船のカタログをアメリカの地名に置き換えていたのだが、とても上演効果が高くてびっくりした。早口でたくさん地名を言うとそれだけで客が喜ぶし、また自分が生まれた地名が出てくると客席から歓声が飛ぶ。『イリアス』がギリシア語で朗唱された時代もそうだったのかもしれないし、ひょっとすると朗唱者が朗唱する場所や観客に応じて勝手に変えたりしていたのかもしれない。