ヴィクトリア朝から今へのメッセージ~オールドヴィク『クリスマス・キャロル』(配信)

 オールドヴィクの『クリスマス・キャロル』を配信で見た。言わずと知れたディケンズの原作をジャック・ソーンが翻案したもので、演出家はマシュー・ウォーチャスである。無観客配信を前提に作られている。

www.oldvictheatre.com

 無観客配信を想定しているため、けっこういろいろな映像的工夫を行っており、複数の画面を組み合わせるなど、舞台っぽくないテクニックも使われている。前のオールドヴィクの無観客配信に比べると撮り方がこなれてきた気がするのだが、ちょっと画面が暗めのところが多いのは自宅で見るにはあんまり良くないかもしれない。内容についてはわりと変えているところもあり、とくに終盤の展開は原作と雰囲気が違って、死神みたいに不気味なはずの精霊が出てくる原作の展開に比べるとわりと明るめにまとまっている。

 衣装などはヴィクトリア朝風だが極めて現代的な演出になっていて、スクルージ(アンドルー・リンカーン)がなんでこんな性格になったのかも丁寧に描かれているし、最後はスクルージが実際にオンラインで寄付を募るという展開もある。我ながらびっくりしたのだが、私はディケンズはあまり得意ではなく、『クリスマス・キャロル』も別にとくに好きではない…にもかかわらず、スクルージが改心して再分配を訴え始めるあたりの展開は非常に感情を動かされた。ディケンズヴィクトリア朝にこの作品を書いた時のメッセージは、ミドルクラスの人間に対して、まともな人間ならちゃんと金を寄付しろというものだったはずだが、これは新型コロナウイルス流行のせいで困窮者が続出している現代において極めて今日的なメッセージになってしまっており、実際にこの撮影を行ったオールドヴィク劇場からさほど遠くないサザークで、70年ぶりにユニセフがイギリスの子供に対する食糧支援を行う事態が発生している。しかしながら今の感覚だとスクルージは実にまともな人間…というか、ちょっとしたことで足を踏み外して強欲になったが、病気の子供やらかつての恋人やらを思い出して優しさを取り戻すんだから、理性も人間味もある人物である。今、この芝居のメッセージを伝えないといけない連中は『クリスマス・キャロル』なんて見に来ないか、見ても自分に向けられているものだと理解しない。ヴィクトリア朝のミドルクラスに向けたセンチメンタルな説教話であるはずの『クリスマス・キャロル』が今日的すぎて、見ていてむしろ怒りを感じた。