悪夢とユーモア~新国立劇場『不思議の国のアリス』(ネタバレあり)

 新国立劇場で『不思議の国のアリス』を見てきた。2011年にロイヤルバレエで初演された作品である。原作はもちろんルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』である。ジョビー・タルボットが作曲、クリストファー・ウィールドンが振付を担当している。

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 舞台は19世紀のオクスフォード大学のガーデンパーティの場面から始まる。アリス(池田理沙子)はティーンの少女で、庭師のジャック(井澤駿)がボーイフレンドらしいのだが、アリスがちょっとジャックに気を遣ったことからジャックが解雇されてしまう。ショックをうけたアリスをルイス・キャロル(速水渉悟)が慰め、写真でも撮ろうとしたところ、ルイスが突然ウサギになってしまう。アリスはウサギにつられて鞄の中に飛び込み、不思議の国で冒険をすることになる。

 パンフレットなどにも書かれているが、キャラクターの成長とかストレートな展開がなく、言葉遊びや奔放なイメージで話を引っ張る『不思議の国のアリス』は、台詞のないバレエにするのは難しいところのある作品である。とはいえシェイクスピア劇なんかもバレエ化されて『ロミオとジュリエット』は定番の演目になっているわけで、できないというわけではない。この翻案はさまざまな視覚効果を使って原作に存在する夢の枠を強調しており、まるで観客みんなに共通の夢を見せようとしているかのような作品である。音楽やダンスはもちろん、プロジェクションや人形、動かせるセットなどを使って自由自在にアリスの夢の世界を表現している。アリスが大きくなったり小さくなったりするところもちゃんと視覚効果を使って面白おかしくうまく表現している。こういうアリス中心の場面はけっこうかわいらしいのだが、一方で第1幕終盤の台所の場面やハートの女王(本島美和)が出てくるところなどはブラックユーモアがあり、悪夢のようである。ハートの女王(アリスのいけすかない感じのお母さんと二役)は、最初は全く動けない大きな赤い衣装…というよりは装置に入って出てくるのだが、装置から出てきた後の終盤のダンスはかなり妖艶で、かわいいティーンのアリスに比べるとだいぶ大人の女性である。

 笑うところもあり、視覚的にとても魅力のある作品なのだが、展開についてはちょっと緩いと思うところもある。たとえばガーデンパーティのお客様であるインドのラジャ(宇賀大将)がきのこの場面でイモ虫として出てきており、たしかにオクスフォードなら南アジアのお金持ちがいてもおかしくないのでヴィクトリア朝大英帝国を想起させるための演出なのだろうが、オチを見た後だとやたらエキゾティック風味なきのこの場面はちょっとやりすぎだったのでは…と思った(きのこの場面はもっとストレートにサイケデリック風味の演出のほうがわかりやすい気がする)。さらにオチは本当に単なる「夢オチ」で、アリスとジャックが乗り越えた試練がただの夢でした…という結末になり、ヴィクトリア朝のガーデンパーティで起こった階級問題は解決されないで終わってしまうので、そのへんもちょっとロマンスの描き方としてはしっくりこない気がした。