フランス映画『エール!』のリメイク~『コーダ あいのうた』(ネタバレあり)

 『コーダ あいのうた』を見た。

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  舞台はマサチューセッツ州の港町グロスターである。耳の聞こえないロッシ一家で唯一、聞こえるメンバーである娘のルビー(エミリア・ジョーンズ)はCODA(Children of Deaf Adultsを指す語と音楽用語を引っかけている)は両親と兄の手話通訳をつとめつつ、家業である漁に勤しみながら高校に通っていた。ところがルビーは合唱クラスで自分に歌の才能があることがわかり、音楽のヴィラロボス先生(エウヘニオ・デルベス)に音大進学をすすめられる。

 フランス映画の『エール!』(2014) にそっくりだと思って見てたら、どうもリメイクらしい。『エール!』は農業国フランスということで家業が農場だったのだが、『コーダ』はアメリカの港町が舞台になっている。最近、マサチューセッツ州の港町の話というと『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(2016) もあったが、漁港カルチャーじたいはあれに近い感じもある一方、だいぶ明るい話になっている。あと、同一テーマの作品としては『ビヨンド・サイレンス』(1996) が先駆と言える。

 ルビーは両親の通訳として高校生にしてはあり得ないくらいの責任を負わされており、そこが本作の主要なポイントなのだが、一方でこの作品はとくに耳が聞こえるか聞こえないかにかかわらずありがちな親子関係の問題についてもきちんと触れていて、家族の葛藤の描き方が多面的なのが良いと思う。ルビーの母ジャッキー(マーリー・マトリン)は昔ミスコンで優勝したとかいう大変ゴージャスでお洒落な女性なのだが、一方でルビーはあんまり着るものとかにこだわらず、昔の音楽が好きな文化系少女である。終盤にジャッキーがドレスを買ってきた時の会話からもわかるように、おそらくジャッキーは単に娘が自分にはよくわからない音楽が好きだから気に入らないというだけではなく、ルビーが港町で評価されるようなファッショナブルな女の子ではなく、ありとあらゆる点で自分と趣味が違うというところについて気にしているのだと思われる。

 また、この作品ではジャッキーと夫のフランク(トロイ・コッツァー)が中年になっても熱々のカップルで、情熱的に愛し合っている。2人が子どもたちがいないと思ってセックスし始めたら実は家にルビーとそのボーイフレンド候補であるマイルズ(フェルディア・ウォルシュ=ピーロ)がいてバレてしまう…という、極めて間が悪いが映画としては笑える展開がある。さらにご丁寧にジャッキーとフランクはルビーとマイルズもセックスするものだと思ってセーフセックスを楽しむよう勧めはじめ、ルビーはすっかり呆れてしまう。ところがどうも両親の折り合いが良くないらしいマイルズは、これを見てむしろうらやましいと思ってしまい、それを知ったルビーがちょっとびっくりするというところがある。このあたりは耳の聞こえないカップルをステレオタイプに陥らずに生き生きと描いていると思うし、自分では人に知られたくないと思っていた家族の特徴が他から見ると素晴らしいものに見えうるということをうまく描いていると思った。

 ただ、リメイクであるせいなのか、ちょっと強引と思えるところもあった。終盤の漁船を監視する職員がいきなり船に乗ってきて、耳が聞こえる人が乗っていないという理由でロッシ一家の船を操業停止にするところはちょっと今のアメリカにしては差別的にすぎる描き方なのでは…という気がした。とくにああいう聴聞会みたいなところではプロの手話通訳を雇うものではないかという気もする。