仕事中にスミスなんか聴くから…『ザ・キラー』(配信)

 デヴィッド・フィンチャー監督の新作『ザ・キラー』を配信で見た。

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 主人公の殺し屋(マイケル・ファスベンダー)はパリで大事な仕事に失敗してしまう。警察から逃げて急いでドミニカ共和国の自宅に帰ったところ、自宅が襲撃されてパートナーが大けがを負っていた。主人公は自宅を襲撃した者たちやその責任者を突き止めて始末すべく、アメリカ中を駆け回る。

 ネオノワールっぽい雰囲気の話なのだが、内容は仕事に大失敗してその尻拭いをするだけで、わりと単純である。さらにこの主人公の殺し屋というのが曲者で、なんかすごい真面目にプロらしく振る舞ってるわりには肝心なところが抜けている。ほとんど他人と話さないのだが、ひとりでいる時はほぼずっとモノローグが続いている感じで、人前では無口なのにひとりでいる時は超おしゃべりだ。さらにその一人おしゃべりの内容の大半が仕事についての細かいこだわりとかプロ意識に関することの繰り返しなのだが、それでも最初のミッションには失敗するわ、途中でちょっとした失敗により襲撃した相手にボコられるわ、最後はなんとか切り抜けるものの、たぶん本人が思っているほど全然カッコよくないしたぶん優秀でもない。

 しかもこの殺し屋、集中するためには音楽がいいとか言って仕事中にスミスを聴いているのだが、もうスミスなんか仕事中に聴くから失敗するんだとしか言いようがない…というか、殺し屋なんて音の気配に注意しないといけない仕事なんだから業務中に音楽なんか聴くなよ…と思う。さらに私がスミス嫌いだというのを差し引いても、スミスなんて集中が必要な仕事中に聴くにはおよそふさわしくない、なんか聴いている途中でふっと「あれ、この歌詞こんな意味だっけ?」みたいに集中力を阻害するところのある音楽だと思うので、せめて仕事中に聴くならもっと意気が上がる音楽か静かな音楽かどっちかにすべきではと思う。そしてスミスというのは非常に自意識過剰な音楽であるわけであり、このスミス愛聴がひとりおしゃべりと相まって、なんだかこの殺し屋、ハードボイルドなフリをしているけど実はなんかちょっとズレた人なのでは…という印象がどんどん強まる。これはスミスが嫌いな私がすごくイイと思うスミスの使い方である。

 さらにちょっと面白いのが、この殺し屋、どうもシットコムが大好きらしいことだ。途中で「オスカー・マディソン」と「フェリックス・アンガー」という変名を使っており、あれ、これはニール・サイモンの『おかしな二人 』のキャラクターでは…と思って調べたら、どうも使っている変名がほぼ古典的シットコムのキャラクターの名前らしい。渋い殺し屋風なのに家ではシットコムを見てバカ笑いしているのかと思うとなんかちょっと笑える。