すごくちゃんとしたバンド映画~『ロード・オブ・カオス』(ネタバレあり)

 『ロード・オブ・カオス』を見た。有名なブラックメタル・インナーサークル(あるいはブラック・サークル)に関する映画である。ブラック・サークルじたいはノルウェーのものなのだが、監督はスウェーデン人の ヨナス・アカーランド、主演はアメリカ人のロリー・カルキン、映画はほぼ英語である。

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 映画の主な視点人物はメイヘムの創立メンバーのひとりで、後にレコード店「ヘルヴェテ」店主となるミュージシャンのユーロニモス(ロリー・カルキン)である。ユーロニモスが結成したメイヘムは、サウンドは独創的なのだがあまりメンバーが安定せず、才能あるヴォーカリストだったデッド(ジャック・キルマー)は極めて精神不安定で、心の病を患った末に自殺してしまう。その後ユーロニモスは音楽活動を通してヴァーグ(エモリー・コーエン)と出会うが、ヴァーグは才能は豊かであるものの、えらく過激で、教会の放火活動を始めてしまう。

 ブラック・サークルというとデッドが自殺し、ヴァーグが教会に放火した末にユーロニモスを殺害するという暴力沙汰が大変有名だし、またまた悪魔崇拝とかナチズムとかセンセーショナルなイメージが先行しがちなのだが、この映画は驚くほど正攻法のバンドもめごと映画である。私はブラックメタルは全く聴かないのでこのあたりの歴史に詳しくなく(この映画に名前が出てきた中で普段聴くバンドはせいぜいスコーピオンズモーターヘッドくらいである)、どのくらい史実に忠実なのかは全然判断できないし、あと登場人物がアホに見えすぎではないかという批判があるらしいのだが、正直、バンド映画ならだいたい登場人物はこれくらいアホに見えて当たり前なのではという気がした。というのも、この映画は登場人物を基本的に音楽のこと以外はあんまり何もわからない浮世離れした若い芸術家たちとして描いており、そういう描き方はバンド映画としてはかなり王道だからだ(『ストレイト・アウタ・コンプトン』とかまさにそういう映画だったし、『ザ・ダート: モトリー・クルー自伝』とかは登場人物がいい意味でもっとアホっぽい感じだった)。金のもめごとが出てくるあたりも実にバンド映画らしい。

 主人公のユーロニモスは、音楽のセンスは折り紙付きなのだが、それ以外のところでは子供っぽく、器の小さい青年として描かれている。他人の功績を横取りしたがるし、口先ではデカいことを言うがあんまり自分では大きなことをしたがらないし、お金の管理もまともにやってなさそうだ。軽率なせいでいろいろなトラブルを起こすのだが、あまり反省しないで前に進んでしまうので何度も失敗する。デッドが亡くなった時に一度しっかりちゃんと自分の感情に向き合っていればよかったのかもしれないが、変におちゃらけたり強がったりするばかりであんまり人間的に成長しない。最後、ようやくちゃんといろいろなことに向き合おうとしたところで、ただの軽口が原因でヴァーグに襲撃されるというとんでもないことになる。

 しかしながらこんなユーロニモスも、少なくともこの映画で描かれているかぎりにおいてはブラック・サークルの中で一番、世間に通じている感じの人物である。レコードを売るためいろいろワルぶって極端なことをやろうという一貫したマーケティングコンセプトがあるみたいだし、一応ちゃんと店を経営するくらいの力量もある。他の連中になるとさらに音楽以外のことは何もわからないみたいな感じになってくる。デッドは明らかに重い病気なので、世間がどういうとかいうようなレベルの話ではない。ヴァーグは音楽センス以外はかなりアホに見える(ヴァーグは思想的にはかなりヤバい人でネオナチっぽいのだが、ユダヤ系のコーエンに演じさせているあたり、作る側の意図を感じる)。ヴァーグがジャーナリストに会った時、カッコつけようとしたものの記者に見抜かれて思想に一貫性がないことを指摘されるあたりはすごく笑った。そういうわけでブラック・サークルの中には、責任を持っていろんなことを調停してくれたり、他人を細やかに気遣ってくれたりする人が全然おらず、そのせいで金銭と人間関係のトラブルが発生したまま放置されるような状態になる。それがどんどん悪化して、くだらない意地の張り合いから放火、殺人にまでつながっていくわけである。

 ただ、この映画はこういう経過を不気味にしたり、暗い様子で描いたりはしておらず、全体としてはブラックユーモアコメディみたいな調子で描いている。描写はけっこうグロテスクで血まみれだし、登場人物はみんな欠点だらけで問題を抱えているが、悪魔崇拝なんかをやっているからと言って悪魔化せず、人間らしく描写している。一番ヤバくてどう見ても友達になりたくないと思われるヴァーグでさえ、一応面白おかしく見えるところがあったりもする。史実からはけっこう離れているところもあるかもしれないが、正攻法のバンド映画としては相当に面白い。

 本筋に関係ないのだがひとつよくわからなかったことがあった。ノルウェーの田舎というのは、本当にあんなふうにかなりの大きさなのに牧師館が付属していない教会が人里離れた場所にたくさんあるだろうか…?いったいどういう教区システムなんだろう。日本でも無人のお社とかは夜間に不審火が出ることが多いらしいし、放火みたいな凶悪事件に至らなくても泥棒とか勝手に夜中に入り込む人とかがいそうなものだが、治安対策は全くなかったのだろうか…