バンドは必ず金でもめる〜『ストレイト・アウタ・コンプトン』

 ヒップホップグループN.W.A.の伝記映画『ストレイト・アウタ・コンプトン』を見た。

 正直あんまりヒップホップに詳しいわけではないので(好きな曲もあるがどっちかというと苦手な感じのが多い)バックグラウンドについては知らないところも多かったし、N.W.A.の音楽的なクオリティはともかく歌詞のミソジニーとかホモフォビアにはかなり抵抗を感じるのだが、この映画は別にまったくヒップホップについて知らなくても音楽業界の内幕ものとしてとてもよくできた楽しめる映画だと思った。激しい人種差別と貧困の中から、音楽をやりたいという気持ちで頭ひとつ抜け出してきた若者たちが成功をつかむが、カネや創造性の問題でバラバラになり、やっと自分たちの音楽に素直になれて再結成を考えた瞬間悲劇が…という展開はたいへんドラマチックだ。ヒップホップに限らず音楽業界の売れっ子たちの間でならどこでも発生しそうな暴力沙汰や、金・セックス関係のトラブルをあまり美化せず描いているところもいい。

 バンドの映画というととにかくカネやマネジメントでモメるというのが定型だが、この映画でもN.W.A.が初期から頼っていたマネージャーであるユダヤ系のジェリー(ポール・ジアマッティ)に裏切られるという展開があり、個人的にはこのへんが一番面白かった。N.W.A.のヒップホップはギャングの暮らしなんかを歌っていてかなり世慣れた雰囲気のものも多いのだが、実際のところ本当に元ギャングなのはイージーだけで(しかもイージーもお祭り好きでそこまで利にさとい男ではない)、あとのメンバーはそれぞれ個性的だがかなり芸術家気質でちょっと浮き世離れしたところのある連中だ。メンバーの中で音楽性の点でも性格の点でも一番自立心が強かったアイス・キューブが一番先にバンドから出て行ってしまい、それにたぶん一番浮き世離れしたアーティストだったドクター・ドレが続くという展開になるのだが、ドクター・ドレは基本的に音楽のことしか考えてなくてそれ以外はバカ正直といってもいいような男で、ジェリーの支配を脱しても暴力的で支配欲が強いシュグ・ナイトに食い物にされてしまい、なかなか落ち着いて自分の芸術だけに専念することができないというキツい人生を歩む。ちょっと面白いのは、N.W.A.はかなり性差別的な歌詞が入った楽曲をステージで歌っているのに、映画の後半部分では「まともな女と付き合うと人生が好転する」みたいな展開になっており、このあたりはわりとトラブルを経験してきたミュージシャンたちの実感に近いのかもと思った。この映画はベクデル・テストはパスしないのだが、少なくとも映画の中ではアイス・キューブはあたたかい家庭を作って文才を発揮できるようになりました、みたいな描き方だし、ドクター・ドレは真面目なシングルマザーとつきあいはじめてシュグ・ナイトのDV男体質に気付くという展開になっているし、イージーは頭のいいガールフレンド、トミカのおかげで自分が食い物にされていたことに気付く。美人ととっかえひっかえセックスする人生は一見華やかだがそんなにいいものじゃない、というかなり冷静な視点があるように思う。