『ディザスター・アーティスト』+『エド・ウッド』~『ルディ・レイ・ムーア』

 『ルディ・レイ・ムーア』を見た。日本では劇場未公開で、Netflixで配信されている作品である。実在するブラックスプロイテーション映画のスターであるルディ・レイ・ムーアを描いた歴史ものである。

 70年代、売れないコメディアンのルディ(エディ・マーフィ)は一発逆転を目指すべく、ホームレスのおじちゃまたちから習った冗談や言葉遣いを駆使し、えらく口が悪くて下ネタが大好きなピンプっぽいキャラクターであるドールマイトを作り上げ、スタンダップコメディで成功する。巡業先で出会ったレディ・リード(ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ)と組み、映画作りに乗り出すが、黒人男性であるため資金調達や配給で差別を受け、さらに映画作りのことを何も知らないということがあってルディの前途は多難で…

 

 かなりの脚色はあると思われるのだが、ルディの映画作りプロセスがとにかくメチャクチャである。 黒人映画に対して偏見が強いからなかなか資金調達や配給ができないというのはまあわかるのだが、そうは言ってもこれでは誰も金を出したがらないだろうというようなド素人の集まりが映画を作ろうとするのである。全くスタッフを集めるノウハウがないので、脚本家は全くもうかってなさそうな真面目な劇団から劇作家のジェリー(キーガン=マイケル・キー)をスカウトする(このジェリー・ジョーンズ、他にどういう戯曲を書いてるのか興味深いので調べようと思ったのだが、どうやらダイナ・ワシントンの芝居とかを書いてたらしい)。監督はストリップクラブで会ったB級俳優のダーヴィル・マーティン(ウェズリー・スナイプス)に頼む。UCLAの映画関係の学生をスタッフにし、電気の通ってないボロホテルで撮影する。その結果、とんでもなくできの悪そうなアホ映画ができる…のだが、自主映画なもんで配給してもらえない。ちょっとずつ自主興行で集客し、やっとちゃんとした配給が決まる。配給会社との交渉で、メンバー全員が着飾ってハッタリをかますあたりがおかしい。

 このあたりの映画作りと配給が決まるまでの試行錯誤がとても丁寧に描かれていて、かなり笑えるし、最後はホロリとする作品になっている。知識と才能はゼロだがやる気だけはふんだんにある人たちが映画を作ろうとする様子をしっかり撮っているという点では『ディザスター・アーティスト』や『エド・ウッド』を思わせるところがある。全体としては負け犬人生を歩んでいた人たちが映画を作ることで何かを成し遂げ、自分に自信を持てるようになるという物語になっている。決して若くてハンサムとはいえない(作中ではそのせいでなかなか映画界に受け入れてもらえない)ドールマイトというキャラクターを魅力的なキャラクターとして作り上げたルディもそうだが、とくに貧しくて打ちひしがれていたレディ・リードが、スタンダップコメディと映画に出ることでどんどん自信をつけてゴージャスなスターになっていくあたりが面白い。ルディとレディ・リードの間がジメジメしたロマンスじゃなく、仕事仲間としての尊敬にもとづくさっぱりした友愛関係になっているのもよかった。

 

 なお、私はこの映画を見る直前に『ドールマイト』を見たのだが、正直、もとの『ドールマイト』よりもこの『ルディ・レイ・ムーア』のほうがはるかに面白かった。ドールマイトのキャラクターは今見るとそこまで面白いとは思えない…というか、ブラックスプロイテーション映画のヒーローとしては、スウィートバックコフィーなんかに比べるとちょっと古くさい感じだし、映画の構成も行き当たりばったりのアクションと下ネタ風味のスタンダップコメディがつないであるみたいな感じで、あまり出来はよろしくないと思う。面白いのは、少なくともこの映画で描かれているかぎりでは、ルディ・レイ・ムーア自身は攻撃的で派手なドールマイトとはかけ離れた人物で、ひたすら仕事に打ち込んでいる勤勉な男だということだ。この仕事に打ち込む情熱がくせもので、最初にギャグを提供してくれるおじちゃまたちといい、タダ働きに近い形で映画制作をしてくれるスタッフたちといい、ルディの情熱と愛嬌のせいでけっこういろんな人たちがうっかり無償で労働力を提供している感じになる。その点、ルディは実はドールマイト以上に危険な魅力を持った男なのかもしれない。そんなルディをエディ・マーフィが非常にうまく演じていて、最近パッとしないところもあったマーフィにとっては起死回生の一作なんだろうなと思う。