連帯がテーマの風変わりな伝記映画~『グロリアス 世界を動かした女たち』

 『グロリアス 世界を動かした女たち』を見てきた。ジュリー・テイモアが監督したグロリア・スタイネムの伝記映画である。スタイネムは雑誌『ミズ』の創刊者で有名なフェミニストである。

www.youtube.com

 伝記映画にしてはかなり変わった構成で、モノクロ映像のバスにそれぞれの世代のグロリア・スタイネム(少女時代がルル・ウィルソンとライアン・キーラ・アームストロング、大人になってからがアリシア・ヴィキャンデルジュリアン・ムーア)が乗っていて、グロリア自身の現在と過去の移動が重ね合わされたり、過去や未来の自分に対する問いかけみたいなことをしたりしながら話が進む。最後には現在のグロリア・スタイネムご本人もカメオみたいに登場する。前半は人生のいろいろな時期のグロリアを、フラッシュバックなどを用いてあまり直線的でない手法で描いている。後半はわりとドリームシークエンスみたいなものも入ってきて、いかにもテイモアっぽい演出になっている。

 グロリアは経済的に安定しないユダヤ系の旅回りの商人(というと聞こえが良いが、オークションで安く買ったものに少し値段を上乗せして大きい街などで売るのが仕事で、今で言うと転売屋に近いような自転車操業である)である父と、メンタルヘルスの問題を抱えた母の間に生まれ、少女時代はそれこそ今でいうヤングケアラーみたいな状況で育った。大学の奨学金でインドに留学し、セクハラまみれのジャーナリズム業界に幻滅して自分でフェミニストとして活動を始め、『ミズ』を創刊し、60すぎで初めて結婚(映画には出てきていないが、相手はクリスチャン・ベールの父デイヴィッド)ということで、けっこう波乱の生涯である。あまり展開上の波乱がないところでは突然『マクベス』をモチーフにした幻想のシークエンスが始まったり、テイモアらしい仕掛けがいくつもある。

 ただ、この手の映画としては面白いことに、ヒロインのグロリアにはそこまでカリスマ性がない…というか、自己主張もあってめちゃめちゃデキる人なのだが、カリスマで人を引っ張るというよりは取材して何か書くとか、人を説得して資金を集めるとか、交渉するとか、集まりを滞りなく運営するとか、そういうことのほうが得意な活動家として描かれている。全米女性機構の会長になっても、会議の書記やらビラ配りやらの地味な作業が主な活動だ。メジャーになったきっかけがバニーガールとしてのプレイボーイクラブ潜入記事で、もともとダンスが得意でおしゃれな女性だったせいで主流メディアからはアイドル視されていたところもあったというようなことが描かれている。本人はバニー扱いで真面目に受け取られなくなってしまうことは嫌だったし、フェミニストはつまんない真面目な女たちだというステレオタイプに抵抗しつつ、やたらと女性を性的魅力だけで持ち上げる潮流とも戦わねばならなくて、パイオニアとしていろいろなところで苦労をしていた。

 カリスマ的リーダーというよりは苦労している活動家だったグロリアの強みは、人望があっていつも他の女性たちが助けてくれるということである。インド留学中は地元の活動家から多くを学び、アメリカでフェミニズム活動を始めた時は演説がなかなかできなくて先輩である黒人女性のドロシー・P・ヒューズ(ジャネール・モネイ)に助けられた。主導的な活動家になってからも黒人で弁護士フロー・ケネディ(ロレイン・トゥーサント)とかユダヤ系の政治家ベラ・アブザッグ(ベット・ミドラー)とか、年上のパワフルな先輩がいろいろサポートしてくれる(この2人はキャラの濃さがすごい)。初めて女性でチェロキー・ネイション首長に選ばれたウィルマ・マンキラー(キンバリー・ノリス・ゲレロ)とか、ラティンクスで労働活動家のドロレス・ウエルタ(モニカ・サンチェス)とか、同年代の活動家からも信頼を得ている。本作のグロリアは、しっかりしているのにけっこう周りが助けてあげたくなるような感じの人として描かれている。

 こうした女性同士の連帯を通して描かれているのは、フェミニズム運動というのはひとりのヒーローをまつりあげるものではなく、いろんな女性の活動が結びついてできるものだ、ということだ。さらに、初期のフェミニズムがとても多様だったことを描くことで「白人のミドルクラス女性中心のフェミニズム」という見方の見直しも提供している一方、パブリックイメージのためにグロリアみたいな白人女性を前に出しがちだったことについての反省もある。グロリアはユダヤ系でリッチな家庭の出身でもないのだが、アクの強いフローやベラに比べて、真面目で優秀でオシャレな白人女性だったグロリアのほうが主流メディアでスポークスウーマンとして受けがよかったことが示唆されており、グロリアが「白人女性中心だという批判についてはどう思うか」と聞かれた時には「黙って耳を傾けます」と答えている。

 そういうわけで、風変わりな作りだがとても面白い作品になっているのだが、一方でそもそもドロシー・P・ヒューズとかウィルマ・マンキラーみたいなキャラの立った非白人フェミニストの伝記映画も見たいという気にさせられた。とくにドロシー役のジャネール・モネイはとてもはまり役で、70年代風の衣装もよく似合うし、むしろこれで1本作ってほしい。この作品はどっちかというとトッド・ヘインズの『アイム・ノット・ゼア』みたいなひねった作りのアート映画なのだが、モネイ主演だとそれこそブラックスプロイテーションのパロディみたいな方向性のアート伝記映画になってもいいかな…とかちょっと思ってしまった。