電話の向こうにある欲望を読む~『ブラック・クランズマン』(ネタバレあり)

 スパイク・リーの新作『ブラック・クランズマン』を見てきた。

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 主人公は1970年代に初めてコロラドスプリングス警察の黒人捜査官となったロン・ストールワース(ジョン・デヴィッド・ワシントン)である。ロンはKKKに電話をかけ、声の演技で自分が白人至上主義者だということを地元のKKKメンバーに信じさせてしまう。ロンは同僚のフリップ(アダム・ドライヴァー)を影武者に立て、電話は自分、会合出席が必要な時はフリップという役割分担でKKKへの潜入捜査を行うが…

 

 ウソみたいな話だが実話がもとになっているそうで、原作はロン・ストールワースの回想録である(未読)。ご本人は存命で、証拠としてKKKの会員証を手元にとっておいているそうだ。ただし派手に脚色してあるようで、実際は映画みたいにロンのガールフレンドだった活動家が命を狙われるというようなドラマティックなことはなく、人脈を探るのが中心のわりと地味な捜査だったらしい(最後の事件はおそらくリーが以前にドキュメンタリーの題材にした1963年の教会爆破事件や、またひょっとしたら1979年に近くのデンヴァーでジャーナリストがKKKに襲われた事件とかがヒントかも)。あと、これは映画監督でミュージシャンのブーツ・ライリーが言っていることだが、そもそもストールワースは公民権運動の潜入捜査を長くやっており、また当時のKKKへの潜入捜査は白人至上主義者を警戒するというよりは様子を見ながら左派との対立を煽る方向性で行われた場合もあるので、ストールワースがアフリカ系アメリカ人の権利や安全を守るために捜査活動をしていたとは言えないのではないかという指摘もある(ここまで言えるかはともかく、たしかに『グリーンブック』同様ストールワースが過去の捜査をちょっとカッコよく盛っていてもおかしくはない)。

 

 そういうわけで潜入捜査を主題とする娯楽作として派手に脚色されているおかげで、この映画は大変に面白い。ブラックスプロイテーション映画みたいなテンポのいい演出や、リーの映画にしては善悪がはっきりしていて娯楽に徹した構成、ロンやガールフレンドのパトリス(パトリスとオデッタの会話でどうにかベクデル・テストがパスか?)の70年代ファッションなどなど、見ていて楽しい映画だ。とはいえスパイク・リーなので、最初と最後にはお得意の作品を歴史的に位置づけるためのプロローグとエピローグがついていて、人種差別がアメリカにおいてはるか昔から今現在まで続く深刻な問題であり、映画の中ではロンがKKKに一杯食わせたからといって社会の構造じたいは変わっていないのだということが突きつけられる。エピローグではシャーロッツヴィルユナイト・ザ・ライト・ラリーでのテロドナルド・トランプの映像が出てくるのだが、この最後のシークエンスが表現していることは映画の中でもブラックジョークとして再三ほのめかされているので、別にこんなにはっきりやらなくてもわかりそうなものなのだが、過剰さが作家性であるスパイク・リーはここまでやるのである。

 

 実は今スパイク・リーについて大きい原稿を用意しているところで、『ブラック・クランズマン』についても書く予定なのでそれに盛り込んだことはブログには書かないようにしようと思うのだが、ひとつだけ指摘しておきたいのは、リーのフィルモグラフィでは失敗作扱いの『ガール6』と『ブラック・クランズマン』はそっくりなテーマを扱っているということだ。『ガール6』のジュディはテレフォンセックスの顧客、『ブラック・クランズマン』のロンはKKKと電話をするわけだが、どちらも相手の手前勝手な欲望を推測し、それに付き合ってやることが仕事である。この映画は警察の描き方が甘いと言われているが、実はリーのフィルモグラフィを考えると、テレフォンセックス産業も警察もあまり変わらないもので、多数派の欲望に従わざるを得ない腐った機構の中で、マイノリティがどうやって少しでも状況を良くするかということがテーマなんじゃないかと思う。ジュディはアフリカ系の女性であり、アメリカ社会の多数派である白人男性の性欲のコードにのっとった演技を要求されるし、ロンもやはり白人男性の支配欲のコードにのっとった演技を要求されている。ここで大事なのは媒体が電話だということで、顔が見えないため、通話している相手の思い込みを読めばうまく会話で自分がどんな人間なのかを偽り、こっちのペースに巻き込むことができる。ただ、仕事中毒になった末にクズ客に脅迫されたジュディよりも、なんとかテロで人が死ぬのを防ぐことができ、KKKに一杯食わせたロンのほうが少しだけラッキーで、少しだけ力をうまく使っていた。『ブラック・クランズマン』は『ガール6』にそっくりだが、ずっとよく出来ていて、少しだけ希望がある。