これ、ホンモノの『ビッグ・フィッシュ』案件なのでは?~『グリーンブック』(ネタバレあり)

 『グリーンブック』を見てきた。

www.youtube.com

 舞台は60年代初頭のニューヨーク。コパカバーナの用心棒として働くイタリア系のトニー・「リップ」・ヴァレロンガ(ヴィゴ・モーテンセン)は、職場が改装で長期休業に入ってしまったため、新しい仕事を探していた。そこへアフリカ系の天才ピアニスト、「ドクター」・ドン・シャーリー(マハーシャラ・アリ)が南部ツアーをする際の運転手兼用心棒の仕事が転がり込んでくる。ワーキングクラス出身で、タフで口がうまいが人種偏見があるトニーと、ミドルクラス出身で知的でいかにもアーティストっぽいドンは水と油のように反発するが、だんだんお互いに心を開くようになり…

 

 全体的にいかにもアメリカ人が好きそうな要素がこれでもかと詰め込まれている作品である。ニューヨークからディープサウスまで移動するロードムービーで、各地の風土なんかもあまりしつこくならない程度に織り込まれているし、60年代初めの時代劇で、見ていてノスタルジアをかき立てるような描写もたくさんある。主演のモーテンセンとアリの演技は文句のつけようがなく、まったく違う文化から来た2人が相互に影響を与えあい、成長していく様子をうまく演じていて、カルチャーギャップコメディ及びバディムービーとしては鉄板の作りだ。過去の名作への目配せもあり、最初のコパカバーナに入るところは『グッドフェローズ』、ドンがトニーに短い芸名をつけようとするところは『ラ・バンバ』でリッチーが長くてラティーノっぽい名前をフランス風に改名させられるところに似ている(トニーは拒否するが)。

 

 面白い映画ではあるのだが、見ていてちょっと引っかかったのは、主人公のトニーは脚本家のひとりであるニック・ヴァレロンガの親父さんで、脚本の大部分はニックが実際にトニーやドンから聞いた昔話をもとにしているということだ(この昔話の録音は一部公開されている)。映画だから脚色してるとはいえ、歴史ものにしてはフィクションとしてキレイにまとまりすぎており、2人の友情も美化されているような印象を受けたのだが、たぶんこれは親父さんの昔話を息子が映画にしたからだと思う。トニーは「リップ」(「唇」)なんていうあだ名がついていることからもわかるように、とても話がうまくて、交渉とか説得が上手だったらしいのだが、その話術が息子に昔話をする時に生かされてないわけがない。60年代初頭にディープサウスをアフリカ系の天才ピアニストと旅するなんてめったにない大冒険だし、親父さんとしては息子に自慢したい武勇伝だろうから、たぶん実際よりずっと面白おかしく、キラキラした体験としていろいろ尾ひれをつけて話したんじゃないかと思う。この作品はドン・シャーリーの遺族から史実にもとづいていないと抗議されており(ドンがトニーととても親しかったのは本当らしいが)、さらに南部の人種差別をちゃんとアフリカ系アメリカ人の視点で描いていないとして批判されているのだが、それはひとえにこの作品が話の達人だった親父さんの記憶の中にある、輝かしい昔のお話であるせいなんだろうと思う。記憶の中では友情はより美しくなるし、冒険もよりワクワクしたものになる。そう考えると、これはちょっと『ビッグ・フィッシュ』みたいな話、というか、『ビッグ・フィッシュ』で親父さんの法螺話を息子が全部信じてそのまんま映画にしたらこうなる、みたいな映画なのかもしれない。

 

 なお、この映画でトニーが最初のほうの妻への手紙で「ドンはリベラーチェみたいだがリベラーチェよりうまい」と言う場面があるのだが、これはちょっと面白い、というかいろいろなことを示唆している。リベラーチェはゲイだったのだが、後からわかるようにドンも実はクローゼットなゲイであり、この台詞はトニーがこの時点でそれになんとなく気付いていたのかもしれないことを暗示していると思う(トニーはドンが同性愛行為でつかまった時も全く驚かない)。さらに、リベラーチェみたいなクラシックとポップスの中間に位置するようなピアニストってとてもアメリカ的な存在で評価がしづらいところがあると思うのだが、ドン・シャーリーもクラシックとジャズの中間みたいなピアニストでなかなかとらえにくいところがある。

 

 なお、この作品はベクデル・テストはパスしない。