邪神論の神と大地母神の戦いをカワイく描いたゆるふわ神学ファンタジー!〜『神様メール』(ネタバレあり)

 ジャコ・ヴァン・ドルマル監督のベルギー映画『神様メール』を見た。

 舞台はブリュッセル。神はブリュッセルに実在し、アパートで旧式のコンピュータを使って人間の運命を管理していた。神はサイテーなヤツで、妻や娘にはつらくあたり、人間たちにはたちの悪いイタズラばかりしている。長男であるJC(つまりイエス・キリスト)はこんな親父に愛想をつかして出ていってしまったし、10歳の娘エアもあまりに親父がひどすぎるので反逆を決意。人間全員に余命を教え、外の世界に出かけて行って自分の使徒をさがすことにする。エアはホームレスのおじいちゃんヴィクトールを福音記者(?なのか?)として選び、使徒としてテキトーに6人を選ぶ。この6人は皆ひとくせある人々で、余命を知った後には殺し屋をはじめたり、女遊びにうつつをぬかしたり、男の子から女の子になったりするが、使徒となって人生に変化が…

 とにかくヘンな映画だが、キリスト教神学とか神話・伝承をとてもよくとりこんでおり、それでいて全然難しくならずにカワイいゆるふわオフビートコメディにまとめている。全体的にはネオペイガン(キリスト教的信仰を批判し、古い土着信仰の再構成を目指すスピリチュアルな動き)、とくに女神を信仰するウイッカの思想なんかを思わせるところがある映画である。基本的にアブラハムの宗教に出てくるような男性性を付与された唯一神は暴君として描かれ、大地に根ざした穏やかな女神の力の回復がうたわれている。
 この映画に出てくる神は基本的に邪神論とか悪神論とか呼ばれるモデルの神で、悪意に満ちていて人間をいじめて楽しんでいる。この神は男性中心主義的・家父長制的な神であり、権力を乱用して自分の家族(子どもや女)を苦しめている。妻であり、夫に虐待されている女神はおそらくキリスト教が広まって以降、流行らなくなった古い大地母神タイプの女神(キュベレーとかイシュタールとか)である。刺繍など糸や布を扱う仕事というのは伝統的に女性の技術とされており、日本のアマテラスも織物をしていたりするところからわかるように女神のお仕事だ。さらに刺繍ではいろいろな花模様を作っているが、これは女神が本来は大地の豊穣をつかさどっていることを示すものである。昔のパスワードらしいもので神のコンピュータに入れたことからして、おそらく女神は以前は世界を統治していたのではないかと思われるのだが、どこかの時点で家父長制的な神に世界をのっとられた。これはアブラハムの宗教が世界に広まり、土着的な信仰を駆逐したことに相当すると思う。神々の娘エアが外の世界に出たことをきっかけに、女神が覚醒する。

 と、いうことで、宗教に関するいろんな思想や伝承がたっぷりつまった映画なのだが、見た目は全然小難しくなく、カラフルでカワイく、かつメチャクチャである。置物となって妹のエアと通信するイエス・キリスト、野球にハマっている女神、なぜか洗濯機を通して外界とつながっている神のアパート、アクの強い使徒たちのぶっとんだ行動など、あまり信仰とかについて深く考えなくても楽しめそうなヘンちくりんな要素がいっぱいあり、これを見ているだけでなんか面白い。

 全体的にかなり女性が活躍する映画である(ベクデル・テストはパスする)。後半突然活躍し始める女神はもちろん、ヒロインであるエアは生き生きしているし、いきなりゴリラと恋に落ちるマルティーヌ(なんとカトリーヌ・ドヌーヴ!)や義手の美女オーレリーもいいキャラだ(しかし、去年のフュリオサもそうだったが最近は義手のヒロインが流行なのだろうか)。ただ、6人の使徒の中に有色人種がひとりもいないのはちょっと寂しいと思った。ブリュッセルはヨーロッパの首都なんだから、ひとりくらいアフリカ系やアジア系がいてもよかろう。

 まあ、ということで、女神論に興味がある人とかスピノザ主義者とかは是非見て欲しい。そうでない人でも、へんちくりんな映画、かわいい映画に興味がある人にはオススメだ。