プレコード映画イベントが無事終わりました

 久保豊さんと開催したwezzyオンラインイベント「知られざるプレコード映画の世界〜クィア映画批評会〜」が無事終了しました。初めてプレコード映画について開催したイベントなのでちょっとあらすじ説明などがもたついてしまいましたが、久保さんの解説も楽しく、充実したイベントになりました。お越しくださった皆様、ありがとうございます。

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アップデートされた『大統領の陰謀』~『SHE SAID シー・セッド その名を暴け』

 『SHE SAID シー・セッド その名を暴け』を見た。ハーヴィ・ワインスティーンによる継続的な性的虐待事件に関するジョディ・カンターとミーガン・トゥーイーの報道についての映画である。この2人が書いた書籍である『その名を暴け―#MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い』(ひどい日本語タイトルである)を原作としている。

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 ジョディ(ゾーイ・カザン)と出産直後のミーガン(キャリー・マリガン)がワインスティーンに関する調査をする様子を中心に、被害者の記憶のフラッシュバックなども入れた作りになっている。ミーガンの産後鬱の話なども少し盛り込まれているが、基本的にはジャーナリストとしての2人の活動を追っている。ワインスティーンなど著名人はせいぜい声とか後ろ姿だけで、本人役で出演しているのはアシュレー・ジャドだけである。

 『大統領の陰謀』(『ワシントン・ポスト』によるウォーターゲイト事件報道を描いた映画)を思わせる作りのしっかりしたジャーナリズムものなのだが、この主題をそういう映画にしていることじたいに意義がある…というか、職場におけるセクシュアルハラスメントといううやむやにされがちなことがらが大統領の政治スキャンダルと同様の重大な社会問題であるということを描いているのが大事だと思う。主人公たちが映画の中で、ワインスティーンのセクハラ問題を報道しても全く話題にならなかったらどうしようと心配する場面があるが、この映画はえてして握りつぶされがちだった映画界でのセクハラを手間暇かけた調査報道に値するものとして描いている。序盤でロース・マッゴーワンがそもそも『ニューヨーク・タイムズ』じたいがもともと以前は性差別的な企業だったと指摘しているところもあり、男性中心的だったアメリカのジャーナリズム界における性差別に対する意識がだんだん変わってきて、セクハラなどが報道すべきこととして認識されるようになっていく様子が示されている。ここで若手である主人公ふたりを指導する立場のボスとして出てくる、パトリシア・クラークソン演じるレベッカの役割がかなりうまく効いており、しっかりした女性ロールモデルがいれば女性の後進が自然と育つ…というようなところをさらっと見せていると思う。

 ジャーナリズム映画としてもバランスがとれた作品である。主人公のジャーナリストが女性2人で、両方とも子どもがいる母親なのだがそこに不必要に深入りしていない。「働き過ぎて家庭生活に問題が」みたいな、女性の仕事を描く上でありがちな無駄な要素を排除しているものの、必要なところではちゃんと家族が出てくる。一方で『大統領の陰謀』の時代に比べるとどの新聞もネット版があり、情報が早く出回るせいで出版のタイミング調整が難しくなっているところがあり、そのへんもかなりちゃんと描いている。『スポットライト 世紀のスクープ』(『ボストン・グローブ』によるカトリック聖職者の幼児虐待報道についての映画)でも記事を出すタイミングについていろいろ調整する様子が描かれていたが、こちらの作品はライバルの『ニューヨーカー』も同テーマを取材していて競争があり、終盤は時間との闘いになるのがスリリングだ。

 ただ、一箇所大変気になったのが、ジョディがシリコンバレーに取材に行った時、取材対象である被害者の夫らしい人物にうっかり被害に関する情報を漏らしてしまうという場面である。女性のほうは被害を誰にも知らせておらず、家族にも秘密にしているかもしれないので、そうした状況で夫に被害情報を暴露するのはプライバシー侵害でまずいのでは…と思った。この映画では後で被害者が話す気になって『ニューヨーク・タイムズ』に連絡を取るという展開になっているのだが、被害者が怒って傷付いてしまうというのもあり得るので、ちょっとそこはどうかと思った。

 

台本が好きになれなかった~『キングアーサー』

 東京芸術劇場で『キングアーサー』を見てきた。ドーヴ・アチアによるフレンチミュージカルである。

 だいたいアーサー王伝説ベースである。アーサー(浦井健治)がエクスカリバーを引き抜いて王になるところから始まり、王位を狙うライバルのメレアガン(伊礼彼方)や王の異父姉モルガン(安蘭けい)などの確執や、アーサーとグィネヴィア(宮澤佐江)とのロマンス、グィネヴィアとランスロット(平間壮一)の不倫などが描かれる。曲はわりとロック調でダンスもある。

 大きな光る円卓が空中から出てきたり、装置を使って面白く見せているところなどはけっこうあるのだが、あまり台本が好きになれなかった。そもそもモルガンがアーサーを付け狙う理由がえらく強引…というか、そういうことでわだかまりがあるなら生まれてきてしまったものはしょうがない弟のアーサーよりも、先代の王の性暴力に手を貸したマーリン(石川禅)を最初に付け狙って復讐すべきではと思った。出てくる女性はやたらと復讐に燃えている魔女(モルガン)か助けを待つ手弱女(グィネヴィア)で、今の時代にこの台本は古いと思った。ただ、基本的にモルガンとメレアガンの悪役陣のほうがだいぶ面白い…というか、見せ場があり、とくに伊礼メレアガンはかなり難しそうな歌をきちんと歌いこなしていて良かった。

『白水社の本棚』に『ジョン王』のことを書きました

 『白水社の本棚』冬号に『ジョン王』のことを書きました。書誌情報は以下の通りです。

北村紗衣「汗牛充棟だより(8)シェイクスピアの不人気作『ジョン王』」『白水社の本棚』2023年冬号、8-9。

ゴシックホラー風二次創作~『ほの蒼き瞳』(ネタバレあり)

 『ほの蒼き瞳』をNetflix配信で見た。何度か一緒に仕事をしているスコット・クーパー監督とクリスチャン・ベールが再度組んだ作品である。エドガー・アラン・ポーが登場する歴史ミステリ小説の映画化である。

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 1830年、ウェストポイント士官学校が舞台である。士官候補生が変死し、調査のため引退した捜査官であるランドー(クリスチャン・ベール)が招聘される。ランドーはいろいろあって学校に在籍している士官候補生で詩人志望のエドガー・アラン・ポー(ハリー・メリング)に捜査を手伝ってもらうことになる。

 事件は史実に基づいているわけではなく(ポーが士官学校に行っていたのは本当)、『オスカー・ワイルドとキャンドルライト殺人事件』とか『探偵コナン・ドイル』みたいな、古典的なミステリやホラー、スリラーなんかの作者が実際に事件を捜査するというよくある発想の二次創作である。ゴシックホラー風味で、同じチームで作った『荒野の誓い』同様、わりと手堅い出来の作品だ。クリスチャン・ベールは監督と相性がいいのか生き生きしているし、いかにも風変わりな詩人志望らしいメリングや、トビー・ジョーンズをはじめとして脇を固める大ベテラン勢もいい。

 ただ、『荒野の誓い』の時も思ったのだが、わりと手堅く作っているという以上の飛躍はあんまりないし、比較的まとまりのない作品ではある。『荒野の誓い』と同じようなアラがやはりあり、前作よりは良くなっているものの、性暴力がいきなり出てきてそれでオチがつくのは手癖みたいなもんなのかな…と思ってしまった。この性暴力まわりについては変更して、もうちょっと全体的に整理したほうが面白いミステリにはなったと思う。

今月の連載は『フィメール』です

 今月のwezzyの連載は『フィメール』(Female)です。1933年の映画ですが、男性部下にセクハラしまくり女性社長が恋に落ちるというなかなかとんでもない映画です。なお、記事に書かなかったのですが、この映画のロケをしたフランク・ロイド・ライトによるお屋敷エニス・ハウスはのちに『ブレードランナー』でも撮影に使用されたそうです。

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ホームビデオっぽさもあるドキュメンタリー~『If These Walls Could Sing アビー・ロード・スタジオの伝説』

 ディズニー+で配信中の『If These Walls Could Sing アビー・ロード・スタジオの伝説』を見た。アビー・ロード・スタジオに関するドキュメンタリー映画で、ポールとリンダのマッカートニー夫妻の娘であるメアリー・マッカートニーが監督している。

 基本的にアビー・ロード・スタジオの歴史を追った作品なのだが、何しろ監督がポールとリンダの娘で、さらにジョージ・マーティンの息子であるジャイルズ・マーティンや、ポール本人、リンゴ・スターも出演して思い出話をしていたりするので、この種のドキュメンタリーにしてはホームビデオみたいな感じもする作品である。インタビューを受けているのはこうした人たちの他にエルトン・ジョンジミー・ペイジ、オアシスのギャラガー兄弟などそうそうたる面々だ。有名なエルガーによるスタジオこけら落とし時の映像の他、ジャクリーヌ・デュ・プレダニエル・バレンボイムの録音映像とか、ジョン・ウィリアムズが『インディ・ジョーンズ』シリーズや『スター・ウォーズ』シリーズの音楽を録音した時の映像、カニエ・ウェストジョン・レジェンドが来た時の映像なども見ることができる。

 あまり新しい話はなくノスタルジックかつアットホームな作品だが、アビー・ロード・スタジオの歴史をコンパクトにまとめていて楽しめる作品ではある。ただ、テーマ曲が『ハロウィン』のテーマみたいなのだけはなんかパッとしないと思った。音楽ドキュメンタリーなんだからもっとノリのいいテーマ曲を使ったほうがいいと思うのだが…