アップデートされた『大統領の陰謀』~『SHE SAID シー・セッド その名を暴け』

 『SHE SAID シー・セッド その名を暴け』を見た。ハーヴィ・ワインスティーンによる継続的な性的虐待事件に関するジョディ・カンターとミーガン・トゥーイーの報道についての映画である。この2人が書いた書籍である『その名を暴け―#MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い』(ひどい日本語タイトルである)を原作としている。

www.youtube.com

 ジョディ(ゾーイ・カザン)と出産直後のミーガン(キャリー・マリガン)がワインスティーンに関する調査をする様子を中心に、被害者の記憶のフラッシュバックなども入れた作りになっている。ミーガンの産後鬱の話なども少し盛り込まれているが、基本的にはジャーナリストとしての2人の活動を追っている。ワインスティーンなど著名人はせいぜい声とか後ろ姿だけで、本人役で出演しているのはアシュレー・ジャドだけである。

 『大統領の陰謀』(『ワシントン・ポスト』によるウォーターゲイト事件報道を描いた映画)を思わせる作りのしっかりしたジャーナリズムものなのだが、この主題をそういう映画にしていることじたいに意義がある…というか、職場におけるセクシュアルハラスメントといううやむやにされがちなことがらが大統領の政治スキャンダルと同様の重大な社会問題であるということを描いているのが大事だと思う。主人公たちが映画の中で、ワインスティーンのセクハラ問題を報道しても全く話題にならなかったらどうしようと心配する場面があるが、この映画はえてして握りつぶされがちだった映画界でのセクハラを手間暇かけた調査報道に値するものとして描いている。序盤でロース・マッゴーワンがそもそも『ニューヨーク・タイムズ』じたいがもともと以前は性差別的な企業だったと指摘しているところもあり、男性中心的だったアメリカのジャーナリズム界における性差別に対する意識がだんだん変わってきて、セクハラなどが報道すべきこととして認識されるようになっていく様子が示されている。ここで若手である主人公ふたりを指導する立場のボスとして出てくる、パトリシア・クラークソン演じるレベッカの役割がかなりうまく効いており、しっかりした女性ロールモデルがいれば女性の後進が自然と育つ…というようなところをさらっと見せていると思う。

 ジャーナリズム映画としてもバランスがとれた作品である。主人公のジャーナリストが女性2人で、両方とも子どもがいる母親なのだがそこに不必要に深入りしていない。「働き過ぎて家庭生活に問題が」みたいな、女性の仕事を描く上でありがちな無駄な要素を排除しているものの、必要なところではちゃんと家族が出てくる。一方で『大統領の陰謀』の時代に比べるとどの新聞もネット版があり、情報が早く出回るせいで出版のタイミング調整が難しくなっているところがあり、そのへんもかなりちゃんと描いている。『スポットライト 世紀のスクープ』(『ボストン・グローブ』によるカトリック聖職者の幼児虐待報道についての映画)でも記事を出すタイミングについていろいろ調整する様子が描かれていたが、こちらの作品はライバルの『ニューヨーカー』も同テーマを取材していて競争があり、終盤は時間との闘いになるのがスリリングだ。

 ただ、一箇所大変気になったのが、ジョディがシリコンバレーに取材に行った時、取材対象である被害者の夫らしい人物にうっかり被害に関する情報を漏らしてしまうという場面である。女性のほうは被害を誰にも知らせておらず、家族にも秘密にしているかもしれないので、そうした状況で夫に被害情報を暴露するのはプライバシー侵害でまずいのでは…と思った。この映画では後で被害者が話す気になって『ニューヨーク・タイムズ』に連絡を取るという展開になっているのだが、被害者が怒って傷付いてしまうというのもあり得るので、ちょっとそこはどうかと思った。