『キャデラック・レコード――音楽でアメリカを変えた人々の物語』

 『キャデラック・レコード――音楽でアメリカを変えた人々の物語』を見てきた。


 この映画は1940年代から60年代初めにかけてアメリカでブラックミュージックの先駆的なレーベルとしてマディ・ウォーターズハウリン・ウルフやエッタ・ジェイムズやチャック・ベリーを売り出したチェスレコードの活動を描いた映画なのだが、2時間で20年くらいを扱っており、登場人物もそうそうたる顔ぶれで結構多いので、たぶん事実をかなりはしょってある…んだと思う。


 全体としてうまくまとめてあるし、何しろ音楽がいいのですごく面白く見られるのだが、ちょっとアーティストを美化してるかも…という気はした。チャック・ベリーは若い頃盗みで逮捕されたりしているし、その後もわけのわからん罪状でずいぶん逮捕されているので本当は結構ワルだったはずだと思うのだが(なんてったって"Brown Eyed Handsome Man"を作った男だ)、この映画では度はずれた女好きである(これは事実らしい)以外は品行方正(と言っていいのかよくわからないのだが、質素で礼儀正しくて賭博も大酒も薬もやらない)ということになっており、芸達者で愛嬌のあるモス・デフが演じているせいでかなり憎めない好青年風になっている。それからエッタ・ジェイムズの役をビヨンセがやっているのだが、みんな言ってるけどちょっとビヨンセが綺麗すぎるよな…ちなみにこの映画ではレナード・チェス(エイドリアン・ブロディ)がエッタにすっかり惚れているものの、チェスが妻子持ちの堅物なのとエッタが薬でボロボロなのと人種の問題のせいでなかなか深い仲になれない…という描写があるのだが、ちょっとこのあたりの恋愛描写はうまくいってない気がした。チェスは利益にめざとい経験豊かなレコード業界人、エッタも海千山千のブルースシンガーという設定で、この二人が人種を越えた恋に落ちるんならすごいセクシーな大人の関係になりそうなもんなのに、描写がもどかしくてまるで高校の優等生がクラスのツッパリ娘と付き合ってるみたいな感じに見える。


 …で、たぶんこの映画の問題点は、ビヨンセがそこらへんのツッパリ娘程度にしか「悪く」見えないところなんではないかと思う。エッタ・ジェイムズといえばロネッツのロニー・ベネットと並ぶ"original bad girl of rock'n'roll"なのに、ビヨンセは基本的に良い子で「みんなから頼られるお姉さん」みたいなキャラクターだからあまり"bad girl"っぽくないのである(本人は映画ではbad girlの役ばかりやってるけど、そういうキャラじゃない気がする)。ビヨンセもいつもの健康的なセクシーさは結構抑えてfuckを連発してすごい熱演しているのだが、基本的にビヨンセガールポップのシンガーだと思うので、ブルース歌手であるエッタの声に備わっている大人の迫力みたいなものが足りない気がする(ガールポップとしてカバーすればいいと思うのだが、ブルースっぽくしようとしているせいでアラが目立つ感じ)。とくに迫力不足だなーと思うのはエッタの代表曲である"At Last"で、頑張ってるけどオリジナルには遠く及ばないなぁ…バッドガールらしいっていうなら、ちょっとナメた感じでくどーく歌っているクリスティーナ・アギレラのヴァージョンのほうがずっとバッドガールっぽいと思う(やはりエッタのヴァージョンには遠く及ばないが、いい線いっている)。


エッタのオリジナル版"At Last"


ビヨンセ


クリスティーナ・アギレラ


 …ちなみに、『キャデラック・レコード』は、字幕に関してはかなりひどかったと思う。どういうわけだか訳者が「本能」という言葉が大好きらしくて(私は鳥肌が出るほどこの言葉が嫌いだが)、「なんでわかったの?」という台詞の応え"I know everything"を「本能よ」と訳したりとか(いくら意訳にしてもひどい)、"something deep inside"も「本能」にしたりとか、原語の台詞の意味を全然くみ取ってないと思う。「本能」意外にも全体的に意味不明な意訳が多かったので、英語わかる人はあまり字幕に頼らず見たほうがいいかも…