バース日帰り旅行記〜若い女性がヒロインになると決めたらもう止められません (2)

 さて、バース日帰り旅行記午後編。

 サリー・ランズでお昼を食べた後、歩いてジェーン・オースティン・センターへ。


 オースティンは全盛期のバースに住んでいたことがあり(センターのパネルいわく、「バースの最も名高い住人」らしい)、『ノーサンガ・アベイ』(あまり評価は高くないのだが、一風変わった小説。この作品についてはこちらも参照)と『説得』(後期の作品。枯れた哀感が特徴)はバースを舞台にしている。と、いうわけで、バースにはオースティンセンターがあるのだが、ここはなんだか教育的・学術的配慮とガーリー妄想の暴走が絶妙に合わさった、変わった博物館であった。


 博物館の内装。とても古い家で、昔オースティンが住んでいた家と同じ並びにある。ちなみに通りはGay Streetという名前(オースティンの小説に出てくる男女はいわゆる風習喜劇の"gay couple"である気がするので、著者にぴったりの地名かも)。



 チケットを買うとまずオースティンの生涯と作品に関する簡単なレクチャーがあり、『高慢と偏見』のウィッカムは部分的にジェーンの兄のヘンリーをモデルにしているらしいとか("ladies' man"だったそうな)、ジェーンの姉のカサンドラは絵の才能があり美人でもあったのだが、若い頃に婚約者を亡くしたせいでひどいショックを受けて結局結婚しなかったとか、オースティンの作品にいろいろ関連づけられそうな逸話をいっぱい聞いた。


 その後、地下の展示室へ。展示室はパネル中心なのだが、結構気合いが入っている。展示全体の傾向としては「オースティンと摂政時代の文化」というのが重点テーマのようで、バースが摂政時代ど真ん中のオシャレなリゾートだったことを考えるとこれは街の歴史にぴったりな展示である(摂政時代というのは18世紀末くらいから1830年くらいまでの時代を指し、精神病で仕事ができなかったジョージ3世のかわりに素行不良のいけない王子様だった王太子ジョージが摂政をつとめた時期を含んでいることからこう呼ばれている。王太子の趣味を反映し、ファッションも芸術も華やかなものが流行した。なお、王太子ジョージはのちのジョージ4世である)。


 オースティンが小説によくとりあげたバースの「サーカス」近辺の様子を復元したもの。しかし、この軍人さん、ヒュー・グラントを意識してないか?


 摂政時代のゲームに関する展示。


 「扇の言語」。女性は扇を使った身振りでいろいろなメッセージをこっそり男性に伝えていたらしい。ただ、いつも私はこれについて疑問があるのだが、レディがみんな扇を使って殿方にメッセージを伝えていたんだとしたら、他の人が見ても当然どういうメッセージなのかわかるわけで、誰が誰と付き合っているとかいうのがすぐにバレちゃうんじゃないだろうか…そのへんどうしていたのか大変不思議である。


 オースティンがジョー摂政殿下に献呈した『エマ』の初版本。なんでもジョー王太子はオースティンの小説に夢中で、オースティンを屋敷に招いたり、献呈を自分のほうからほのめかしたりしていたらしい。

 …しかし、大変な女好きで素行不良で有名だったジョー王太子がオースティンの大ファンだったというのはなかなか意外である。オースティンというと説教くさいイメージがあるのだが、実はそうでもなくて、マジメな上っ面の下には何か摂政時代の人々の心をくすぐる不道徳で辛辣なおもしろさが隠れているのかもしれない。


 出た!「ジェーン・オースティンの時代の収入」パネル。どういう収入だとどういう暮らしができるのか、またそれぞれの小説の登場人物はどういう収入帯にいるのかわかりやすく解説してある。


 年に4000ポンド以上の収入がある場合(ミスター・ダーシーやビングリーなど)、「競馬、あるいは世をはばかる楽しみ(illegitimate pleasures)」にはまらない限りとても良い暮らしができたそうである。この展示はオクスフォードコンパニオンからの要約らしいので、収入とか「世をはばかる楽しみ」に興味ある人は是非Oxford Companion to Jane Austenを見たらいいかも。


 展示を見終わったので、ミュージアムショップをひやかしてみることに。
 
 …えーっ、なんと、ミュージアムショップはこんなのばっか。I ♡ Mr Darcyエコバッグの他に、I ♡ Mr Darcyピンバッジ、I ♡ Mr Darcyカップ(しかもコリン・ファースの顔がついてたりとか…)、I ♡ Mr Darcyステッカーなど、みんなミスター・ダーシーにメロメロである。『ノーサンガ・アベイ』の冒頭に、「若いレディがヒロインになるというのなら、40人の偏屈な家族が周りで止めても無駄なこと。ヒロインの行く手にヒーローが投げ込まれるのは絶対的な未来の必然です」とあるのだが、皆さんすっかりヒロインの気分でダーシーが自分のものであることを主張しているらしい。展示内容がかなり教育的なのに比べてえらい違い。日本にもジェーン・オースティンのファンがいっぱいいることだし、一発ギャグのネタとしてI ♡ Mr Darcyピンバッジ(安かった)を買って帰ってみようかと思ったのだが、よく考えると私はミスター・ダーシーがそんなに好きでもないのでやめることにした。


 …で、みんなのミスター・ダーシー愛には辟易したので、二階にあるミュージアムカフェ、リージェンシー・ルームでお茶することに。


 ニセ18世紀風エプロンのメイドさんがお茶を運んでくるのだが、エプロンとずきんだけであとは適当なところがイギリスらしい…?

 なお、メニューは全部オースティンの小説にちなんだ名前である。

 
 私が頼んだのは、ジェーン・オースティンブレンドのお茶と、「エマのやましい喜び」(Emma's Guilty Pleasure)というおやつ。 

 ジェーン・オースティンブレンドの紅茶は軽めの中国茶で、まだインドからの茶が入ってきていなかった摂政時代に流行したブレンドらしい。色が黒っぽくて味や香りも薄めなのだが、たしかに中国茶っぽい軽い苦みというか渋みがあって普通のお茶と違う。
 「エマのやましい喜び」は、クロテッドクリームアイスをあったかいワッフルにのっけてラズベリーソースをかけたもの。クロテッドクリームアイスは普通の牛乳アイスよりもテクスチャがいわゆる「ミルクバー」とか凍らせた生クリームに近い感じで、スプーンを入れた時にちょっと弾力があり、アイスのはがれ方がかたい感じ。ワッフルにのっけて食べるとかなりおいしくて、おそらくは超高カロリーであることも考えるとたしかに「やましい喜び」。



 さて、やましい喜びを味わったままじっとしているとデブになりかねないので、オースティンセンターを出て街歩き。


 街の北側にあるサーカスという広場。


 東側に歩くと有名なアセンブリー・ルームが。

 ここはたしかキーラ・ナイトレイの『ある公爵夫人の生涯』に出てきたはずなのだが、中で結婚式をやっていて見ることができず…とても残念。


 併設されたファッション博物館。展示はかなり充実していたが、いかんせん服飾系は弱いもので…


 ファッションとレコードジャケットの展示。



 その後、近くにあった東アジア美術館というところへ。

 小さくて雰囲気のいい美術館だったのだが、私がまったく東アジア美術に詳しくないもんで、何に使うものかよくわからなかった展示品も結構あった。


 東アジア美術館の地下掲示板。根津美術館からのお知らせらしい歌麿のチラシや、ブリテン折り紙協会のお知らせなど、イギリス人が東洋美術のどういうとこに興味あるのかちょっとわかって面白い。


 東アジア美術館を出た後、街の東側を歩いてみることに。

 中心部を外れると、街並みがちょっと郊外っぽくなってくる。


 墓地のチャペルに何かあやしい光が。

 どうも中で地元のアマチュアアーティストが展覧会をしていたらしい。



 アクアガラス工房。バー修道院のステンドグラス修復などを手がけているそうな。

 
 ガラス作成実演はお休み。


 バース女性避難所ショップ。


 鳥かごばっかり売ってるヘンな店。


 駐車場で行われている骨董市。「キャトルマーケット」と書いてあったのだが、昔は家畜市だったのかな?


 東側を探索したので、サーカスに戻って今度は西側へ。

 サーカスから見た夕日のバース。


 ジョージアンスタイルの建築として有名なロイヤル・クレスント。たしかに半月の形をしている。

 夏場は博物館として一部が開放されているらしいのだが、冬場は閉鎖してホテルのみの営業らしい。うーん、悔しい…


 天文学者、ウィリアム・ハーシェルの家。これも夏場は天文博物館として開放されているらしいが、冬期休業中。うーん、悔しい…


 その後、今晩のメインイベントであるバース王立劇場のチケットオフィスで券を受け取り。

 王立劇場にしてはなんか結構ファンキーな建物である。



 …さて、ここまで歩いて16時半。ほとんど日は落ちてしまったし、博物館のたぐいはしまってしまったのだが、『ヴェローナの二紳士』開演は20時でまだ3時間半もある。さてどうする?


 …ということで、これだけでも結構長くなってしまったので、バースのナイトライフ編は明日のエントリに回そうと思う。うーん、なかなか終わらない…