イングリッシュナショナルバレエ『ロミオとジュリエット』

 イングリッシュナショナルバレエのバレエ版『ロミオとジュリエット』を見てきた。バレエ版を見るのは始めてなのだが、すごく面白かった。

 まあ話は原作と同じなのだが、『ロミオとジュリエット』をそこらのお涙頂戴の悲恋ものと一線を画す一大恋愛悲劇にしているあのシェイクスピア韻文の神髄ともいえるような愛のソネットが使えないというものすごく不利な条件での翻案であるにもかかわらず(なんてったって台詞一切ないから)、若い恋人たちの感情の移り変わりからコミカルな場面まで、そのへんは全部踊りで表現しようとつとめているところがすごいと思った。この間の『シンデレラ』といい『ロミオとジュリエット』といい、バレエってすごいねぇ。

 とりあえずまずプロコフィエフの音楽がいい。こういう既存の戯曲をバレエ化する場合、戯曲を読んで作曲家(及びバレエの製作陣)が「この戯曲のこういう台詞や動きはこういう感情を表しているはずだからこういう音楽で表現すべきだ」という解釈を行って作曲をしているはずだと思うのだが、全体としてプロコフィエフの『ロミオとジュリエット』は悲劇的な旋律で過剰に盛り上げようとするような音の演出が少なく、リアリズム志向というか現代的というかなんというか、一見血気盛んだが実は傷つきやすい若者たちの優しい情愛とかをじっくり表現するほうに重点を置いて、抑えた音で最大の迫力を出すような音楽になっているところがいいと思う。

 踊りの技術のほうは正直よくわからないのだが、しょっぱなから跳び蹴りにタコ殴りにフェンシングまで出てくるモンタギュー・キャピュレット両家の乱闘シーンに始まり(いやダンスって危険だね!)、なんかすごい技術だなと思うところが多々あった。とても難しそうなことをいとも優雅にやってのけるのがすごい。あと、わざとヘンな感じで踊ってお客さんを笑わせたり…あれはかなり上手でないとできないよね。

 演出は大変わかりやすかったと思う。ジュリエットが仮死状態になる薬を飲む場面で、頭の中に死んだいとこティボルトと夫のロミオが出てきて、ティボルトが自殺用の短剣を、ロミオが勇気を出して薬を飲むようすすめるところとか、あまりにもわかりやすくてびっくり。ちなみにジュリエットは大変活発で少し親に反抗的で目から鼻に抜けるような賢い女の子として演出されており、私のイメージにピッタリだったのも良かった(原作だとジュリエットは雄弁でしっかりしてるけど、ロミオのほうはそんなジュリエットにすっかり一目惚れでポーっとしてるもんねぇ)。一方、ロミオはロマンティックでいかにも不幸を呼び寄せそうな美青年で、ティボルトやパリスを殺してしまうところも「勢い余ってうっかり…」感が強く出ている演出になっている(あ、あと、このバレエのパリスを非常に調子こいた若者として描く演出を見て気付いたんだけど、最後にパリスが殺されるところってあれはたぶん「他に愛する夫がいる女を自分のものにしようとしたことへの罰」なんだね。このあたりはプロテスタント的結婚観とあわせてもう一度テキストを見たいところ)。

 なお、この間の『シンデレラ』でも今回の『ロミオとジュリエット』でも、若い男女の性交渉をあからさまに想起させる踊りがあって、しかも若い恋人たちの性交渉を全肯定していると思ったんだけど(『シンデレラ』は「戦争や虐待ばかりの荒んだ世の中vs愛し合ってセックスするカップル」だったし、『ロミオとジュリエット』も「話のわからない大人vs愛し合ってセックスするカップル」で、どちらも明らかに後者を素晴らしいものとして描いている)、バレエって昔からそうなの、それともこれは最近の流行なのかね?ちなみにどちらも象徴的に踊りだけで表現しているので全くいやらしいとか下品とかいうことはなく、大人しかわからないような微妙な優雅なエロティシズムを醸し出すような踊りだったので、子供はわからんと思う。若いダンサーがこういう場面で色気を醸し出すのは大変だろうなー。

 しかし、初めてシェイクスピア原作のバレエを見て大変面白かったので、また行きたい。月末にリッチモンド座でアメリカのバレエ団がまた『ロミオとジュリエット』をやるそうなので、行こうかなー。