ナショナルシアター、ダニー・ボイル演出、ジョニー・リー・ミラー&ベネディクト・カンバーバッチ主演『フランケンシュタイン』〜ひどかった…

 ナショナルシアターでダニー・ボイル演出の『フランケンシュタイン』を見た。いやぁとにかくつまらんかった…あまりにつまらなくて途中で寝た。SFゴシックホラーで眠くなるほどつまらないってちょっと問題だと思うのだが。なんか途中で吊り物が壊れていったん上演中止したせいでちょっと変な先入観を持って点が辛くなったというのもあるかもしれないと思うのだが、なんかまあねぇ…


 この『フランケンシュタイン』は当然メアリ・シェリーの古典ホラーが原作で、フランケンシュタイン博士と博士が作ったクリーチャー(怪物)の役をジョニー・リー・ミラー(『トレインスポッティング』)とベネディクト・カンバーバッチ(テレビ版『シャーロック・ホームズ』)が日替わりで演じるというのがポイント。この試み自体はなかなか面白いと思うし、うちが見たのはミラーが怪物役だったのだが、芝居は2人とも大変良いと思った。ミラーは怪物をいろいろな意味で人間的(優しさと残虐さの両方を兼ね備えているという意味)な役柄にしようと努力していると思うし、カンバーバッチは知的で傲慢な感じがフランケンシュタインにぴったり。この2人は実に頑張ってる。


 しかしながら、この2人の役者の頑張りがなければ到底最後まで見れなかっただろうなというのが正直なところ。まず脚本がすごくつまらん。ニック・ディアが脚本を書いたそうで、ボイルとディアは「怪物の視点から語ったバージョンはめったにないからそれを目指そう」と思ってこのプロダクションを作ったらしいんだけど、とりあえずこの方針にはツッコミ所が二つある。まず、そもそもシェリーの原作に怪物視点の章があってかなり読み手に怪物の視点を共有させるような工夫がなされているので、「怪物視点のバージョンがない」というのは原作ちゃんと読んでんのかって気がする。ふたつ目のツッコミ所は怪物がそう「人間らしく」描かれてないだろうっていうところ。役者が頑張っているから「人間的」に見えるだけで、台詞や話の組み立てはなんか…ただの怪物だよね。


 それからこれは脚本と演出両方のせいだと思うのだが、なんかただただ派手なことをやって客をびっくりさせるみたいな感じで、前のシーンと後ろのシーンがどうつながっているのか、あるいはシーンとシーンの間に何が起こったのかとかいう脈絡があんまりはっきりしてないと思った。映画っぽく細かいカット割りで舞台を作りたかったのはわかるのだが、なんかたくさんギミックを出して光や煙で盛り上げてバンバン場面転換をしても、何が起こっているのかよくわからなくてはねぇ…大胆な省略は一、二箇所にとどめておいたほうがかえって省略の味が引き立つと思うのだが。映画と舞台では場面の割り方が根本的に違うと思うので、たぶんこれくらいバンバン場面転換しても映画ならクローズアップで表情を見せるとか細かい演出をしつこく映すとかナレーションを入れるとかなんとかでいろいろ工夫して処理できるんだろうと思うのだが、客が全体を見ている舞台芸術ではちょっと同じ手法では厳しいだろうと思う。で、カット割りが激しい割にはやけに長い場面とか「ここいらなくないか?」というところもあって、全体的にあまり面白いと思えなかった。


 あと、フランケンシュタインと怪物の争いがどう見ても「男性性」をめぐる争いなのに、演出のせいなのか脚本のせいなのか、それに対する批判的視点がさっぱり生きてないのか気になった。フランケンシュタインは自分の力で人間を生み出したい(→女の力を借りずに生殖できるようになりたい)男で、一方で怪物は「男」になるために連れ合いを作って欲しいとフランケンシュタインに頼んでいて、2人とも男らしさを証明するために非常に身勝手で傲慢な戦いを繰り広げているという話だと思うのだが、なんかまあそのへんの描き方が実にはっきりしなくて…婚約者エリザベスがフランケンシュタインに言う「そんなに人間を作りたいなら私ともっと早く結婚して子供を作ればよかったじゃないの」という台詞がちょっとした男性性への諷刺になっていると思うのだが、このエリザベスが男性性をめぐる戦いに対置される女性性の表現としては非常に弱くて描き方もパッとしないし、あとそもそも役者のナオミ・ハリス(『パイレーツ・オヴ・カリビアン』のティア・ダルマ)がミスキャストなんじゃないかって気がした。ハリスの仕事はテレビ・映画中心でメジャーな舞台は初めてらしいのだが、同じカリブ系でもっと舞台映えして朗々と台詞が言える女優さんはいくらでも他にいるように思うんだけど…
 あと、怪物がエリザベスを強姦して殺した末に「俺は男になった!」って言うあの話の展開は何なのかね?そんな話の展開にすると怪物はほんとに単なる残虐な怪物ってことになって観客からの同情を全部失っちゃうし、そもそも私は舞台で露骨な性暴力の表現をするならそれなりの覚悟と工夫を持ってやるべきだと思っているので、なんというか怖くて客をびっくりさせることだけを狙ったようなボイルの強姦演出は超くだらないと思ったな。そもそも私は『28日後』以降のボイルの性暴力の描き方には極めて批判的というか男性中心的でセンセーショナルなだけでくだらんと思っているので、舞台でもそれを見せられて非常に不愉快になった。


 …そんなわけで『フランケンシュタイン』は全くつまらない芝居だったと思うのだが、役者は良かったし、あとアンダーワールドの音楽も良かったよ。あとはどうぞ原作を読んでください。原作のほうが十倍は面白い。