バービカン、シェリダン原作『悪口学校』〜賛否両論のプロダクションだが、意外にフツーだった

 バービカンで賛否両論侃々諤々の『悪口学校』(The School for Scandal)を見てきた。これは1770年代に一世を風靡したアイルランド系の劇作家、リチャード・ブリンズリー・シェリダンの有名作で、風習喜劇の傑作としてイギリスでは有名な古典的作品である。


 …ところがこのデボラ・ワーナー演出のプロダクションの劇評はまさに「悪口学校」状態でスキャンダルを巻き起こしており、賛否両論。日本語のまとめについてはSweet Shower in Aprilさんのエントリを参照していただきたいのだが、とりあえずガーディアン(マイケル・ビリントン)とテレグラフ(チャールズ・スペンサー)が酷評している。うちは政治はともかく劇評については結構テレグラフを信用しているので行くのやめようかとも思ったのだが、なんかインディペンデント(マイケル・コヴェニィ)は絶賛だし、そもそもシェリダンの芝居を見られる機会がそう多くないということもあり、50ポンドが13ポンドに値割れしているチケットを買って行ってきた。


 『悪口学校』は、デマや悪口が横行するイギリス社交界を舞台に複雑な恋の駆け引きやら人間関係のもつれを絡めた喜劇である。サーフェス家にはジョゼフとチャールズという兄弟がいるのだが、ジョゼフは真面目人間、チャールズは遊び人という評判であるものの、どっちもマライアという若い美女に惚れている。チャールズに惚れているレディ・スニアウェルはマライア狙いのジョゼフと結託し、チャールズがサー・ピーターの派手好きな若妻レディ・ティーズルと不倫しているという噂を流してチャールズとマライアを引き離そうとする。一方、久しぶりにロンドンに帰ってきたサーフェス兄弟のおじサー・オリヴァーは甥のどちらが相続人としてふさわしいか変装して2人を試すのだが、一見バカで遊び人のチャールズのほうが偽善的なジョゼフよりはるかに親切であることがわかり、チャールズを気に入る。一方、ジョゼフはマライアに求婚しているにもかかわらずレディ・ティーズルを誘惑し、不倫がバレて信用失墜。レディ・スニアウェルと組んで失地回復を企むが結局は失敗してサー・オリヴァーに廃嫡され、サー・ピーターは改心したレディ・ティーズルと復縁し、チャールズはマライアと結婚する。


 で、どれほどひどい演出なのかと思ったらまあそんなにひどくないし、ファッショナブルで新奇な仕掛けがたくさんあるというからどんなもんかと思ったら割合ふつうで拍子抜けしてしまった。本編開始前にファッションショーみたいなのをやったり、場面転換の際に現代ふうな服装の人たちが出てきて「第何幕第何場、誰々の部屋」とかいう看板を見せたり、モダンな音楽がかかったりするとかいうのはあるのだが、登場人物はたいてい18世紀風の衣装。主人公のひとりであるチャールズはTシャツとか着てるし、社交界のボスであるレディ・スニアウェルがクスリを吸引したりするとかいう演出はあるが、激しく現代風な演出でやることも多いシェイクスピアとかを見慣れている人にはどうってことない程度のアナクロニズム演出である。台詞のやりとりも割合きちんと風習喜劇らしい感じで演出してあるし、笑えるところは笑えるし、そんなにヘンかねぇ…むしろ、この間ラスヴェガス版の『ヴェニスの商人』を見たばかりのうちには結構オーソドックスな演出に見えたのだが。まあもちろんシェリダンの喜劇はシェイクスピアほど上演されないので、本格的なリヴァイヴァル上演というからには実験的ではないオーソドックスな演出だろうと期待してきた人も多いのかもしれないが…


 最初のほうは正直結構退屈で眠かったのだが、途中でチャールズが出てきてからずいぶん面白くなったと思う。いろんな劇評でリバティーンズピート・ドハーティみたいだと言われているのだがまさにそういう感じで、あの落ち着きはないが悪意もなさそうなしゃべり方といい、悪ふざけや陽気な騒ぎが好きそうな様子といい、レオ・ビルは大変よくやってると思った。チャールズは酒とクスリが大好きなパンクにいちゃんで一見たいへんなバカみたいな感じなのだが、心は優しく、女性には敬意を払っていて、恋人マライアにも忠実である。どうやらこのピート・ドハーティ的なチャールズがおじに気に入られて報われるという最後がこのプロダクションを評価するかしないかの分かれ目になっているようなのだが、外面はいいけど周りの女全員を騙していた不実なジョゼフよりはピート・ドハーティふうの繊細な問題児であるチャールズのほうが全然現代のイギリス女性には好かれそうなキャラだと思うので、そんなにおかしいとは思わなかったな…まあ本当にピート・ドハーティなみに入退院を繰り返していたらまずいに決まっているのだが(もうドハーティとか生きてるだけでファンは感謝しないといけないレベルに具合悪そうだし)、これは芝居だし、原作でもリバティーンという設定なんだし、この上演では別にチャールズはレディ・スニアウェルと比べてそこまでタチの悪い中毒者としては描かれてないと思ったのだが。


 他の役者陣はまあふつうな感じだったと思うのだが(たぶんシェリダンの戯曲は訳者にはかなり難しいのではという気がするのだが、この間の『恋敵』の役者陣が大変笑えたのでこっちも少し点が厳しくなっているのかも)、レディ・ティーズルは『ハイっ、こちらIT課!』でジェンの役をやってるキャサリン・パーキンソンでびっくりした。しゃべり方はジェンとほとんど同じなのに、テレビのコミカルなダメ女キャラとは全然違うお色気満々な18世紀の野心的な人妻に見えたので、こういう役もできるんだなと…


 しかしこのあいだ『恋敵』、今回『悪口学校』を見てシェリダンはほんとすごい劇作家なんだなーと感心した。どっちもテキストを読んでいるとそんなに面白いとは思えないのだが、舞台で見るとすごくおかしいし台詞も気が利いている。100年後のオスカー・ワイルドの芝居に出てきてもおかしくないような洗練された辛辣なジョークが飛び交う場面もあり、たぶん18世紀としては非常にオリジナリティがあって新しい作家だったのではという気がするし、今見ても十分面白い。ただワイルドなんかに比べると台詞が格段に難しいように思うので、ノンネイティヴは台本を持っていったほうがいいかも。


 あと、『悪口学校』はすぐにでもハリウッドで学園ロマンティックコメディ"The High School for Scandal"(『スキャンダル学園』)として翻案映画化されるべきだと思う。チャールズみたいな「一見不良だが実は良いヤツ」キャラは学園もののヒーローにふさわしいと思うし(たぶんバンドとかばっかりやってて勉強しないタイプ)、ジョゼフはアイヴィーリーグ進学を狙う成績優秀で品行方正な学園のボス、レディ・スニアウェルは高校を噂で操る女王蜂キャラにぴったりだと思う(最初のレディ・スニアウェルがクスリをすう場面は『クルーエル・インテンションズ』のサラ・ミシェル・ゲラーがクスリをすう場面にちょっと似てる)。『恋のからさわぎ』や『クルーレス』がヒットしたんだったら絶対これも高校コメディになると思うのだが…誰かこの企画買わない?