一見ハートウォーミングだが実は結構厳しい教育がテーマの映画『おじいさんと草原の小学校』

 岩波ホールで『おじいさんと草原の小学校』を見てきた。


 これは84歳で小学校に入ったケニアのおじいさんマルゲ(元マウマウ団)の物語で、実話に基づいているらしいのだがたぶんかなり脚色されてるだろうと思う。監督は『ブーリン家の姉妹』の監督、ジャスティン・チャドウィック。あらすじだけだと心温まる話みたいな感じなのだが、おそらくは監督がジャスティン・チャドウィックだということで、この手の映画にしては(ドロドロの歴史メロドラマだった『ブーリン家の姉妹』に似て)ちょっと残虐だったりえぐかったりする描写が結構あり、人間関係の描き方も現実的でかなりシビアな映画になっている。


 マルゲは目の前で妻子を惨殺され、抵抗運動の末に捕まって収容所で拷問を受けた元マウマウ団メンバーで辛い記憶のフラッシュバック(PTSDの一種と思われる)に悩まされているのだが、この惨殺やら拷問やらがかなり露骨で、この手のハートウォーミングな映画によくある「におわせるだけ」ではなく、尖ったエンピツを耳に刺すとかすんごい痛そうな場面がわりとはっきり描かれている。


 あと、たぶんこの映画の主要テーマのひとつは「リソースが厳しいところで福祉事業をやるとどのような奪い合いが生じるか」ということで、これまたちょっと『ブーリン家の姉妹』に似た狭いコミュニティ内でのやっかみやら資源の奪い合いやらがなかなかしつこく描かれている。老人のマルゲが無料で小学校に行くことで自分の息子(良い子だが成績が悪い)に配分される教育リソースがそがれると思った父親が小金で若い衆を雇って学校を襲わせたり、新聞で特集されたことをきっかけにマルゲとそれを支援する校長先生ジェーンがやっかみに起因する脅迫を受けたり、田舎の貧しいコミュニティにおけるえぐいいじめがちょっと大げさなくらいに描かれている。ちなみにこの学校襲撃をそそのかす父親は学校から帰ってきた息子にいつも仕事を手伝わせているのだが、若い衆に小金を払う余裕があるんなら息子に仕事を手伝わせるのを一日二日やめて勉強させたほうが全然成績には良い影響があると思うので、見た感じはすんごい非合理な金の使い方をしているように見えるのだが、おそらくこの映画は「あまりにも貧しいと合理的な判断力も鈍ってしまう」ということを言いたいのだろうと思う。ケニアの田舎に根強く残っているらしい部族間の憎み合いも結構ちゃんと描かれている。


 しかしながらこの映画がきれいごとなハートウォーミングものにもならず、ケニアの厳しい現実を描いた救いようのない話にもならずにわりといいバランスで終わっているのは、最終的には「子どもにはこういう大人の真似をさせてはいけない。教育はその助けになる」というようなメッセージを伝えるような作りになっているからだと思う。大人たちに比べて小学校の子どもたちは比較的マルゲに優しく、憎み合いに染まる前にいろいろな人と知り合える学校で教育を行えば偏見を減らすことができるということがさりげなく伝えられていると思うし、マルゲが子どもたちに言う「文字が読めない自分はヤギと同じだ。君らはヤギみたいになってはいかん」という言葉には文字が読めなくて苦労した当事者が言ってるぶんだけ重みがある。


 あと、もうひとつこの映画が伝えているメッセージは「人間は何歳になっても無償で教育を受ける権利がある」ということである。教育は社会への投資だと言われるが、マルゲが学校に行こうと頑張る様子は、未来のある子どもたちに対する教育だけではなく大人への教育も投資であり、幸せな人を増やし住みよい社会を作るために必要なのだということを暗示していると思う。マルゲが最後、わざと大統領府から自分への手紙(収容所時代の苦痛に対して補償金が支払われるという内容)を教師たちに読ませる場面があるのだが(あれは既に読めるようになったのにわざと読ませたんだよね?)、あの場面はマルゲが文字を知ることで自分の歴史を人に伝える手法を身につけたことを示していると思うな…人に知識を伝えることができる人を増やすというのはそれだけで社会への投資である。


 細かいところにはちょっと大げさすぎるとかご都合主義的だと思う演出もあったのだが、全体としては後味のいい映画だったと思う。あと数日で終わってしまうらしいのだが、非常におすすめ。