サドラーズ・ウェルズ座、マシュー・ボーン『くるみ割り人形』

 クリスマスはサドラーズ・ウェルズ座でマシュー・ボーンを見るのが習慣になっているので今年はまたまた『くるみ割り人形』を見てきた。これは既に日本で一回見たことのある演目…なのだがだいぶ忘れていた。以前はテープだったが今回は生演奏。

 ボーンの『くるみ割り人形』は、ストーリーは結構原作から変えてある。原作のヒロイン、クララはいいとこのお嬢さんなのだがボーン版では孤児院の貧しい少女で、くるみ割り人形も慈善事業でもらったクリスマスプレゼントである。ねずみ軍団は出てこず、孤児院の横暴な管理人たちを子どもたちがやっつけるところで第一幕はおしまい。第二幕はお菓子の国なのだが、クララはくるみ割り人形から変身した王子さま(この人は実はクララが孤児院で惚れていた同級生と同一人物である)をチャラいピンクの服を着た金持ちのビッチ(シュガーという名前らしい)にとられてしまってすっかり落ち込む…ものの、最後、孤児院で目が覚めるとなんとベッドの中に王子さま化(?)した同級生がいて、クララと駆け落ちする…という終わり方である。

 後半レビューになる原作とは違ってボーン版は全編けっこうダークなお話が進行する。第一幕の孤児院の管理人たちはたいへん横暴でいけすかない。第二幕のシュガーがくるみ割り人形を誘惑するところはなかなかしつこく、ひたすらいちゃいちゃし続ける2人をクララが遠くで見てショックを受け、どんどん自信を失い…みたいな描写がえんえんと続くので非常にいやな感じである。このボーン版では、お菓子の国は楽しいお祭りの夢の世界ではなく、孤児で虐待されてきたクララの自信のなさがあからさまに表出する悪夢の内面世界である。こういう悪夢の世界を暗い色調ではなく、ドドピンクの巨大ケーキが屹立する派手なセットにバズビー・バークレー風の群舞といったようなサイケデリックで退廃的なスタイルで見せるあたりが面白い。このいやな感じを30分くらい見せ続けられたあと、実は現実のほうでは王子さまはクララを選んでいた!という解放があるのでやっと後味がよくなる。

 最初日本で見た時はサイケデリックで面白かったことだけが頭に残っていて話が全然理解できなかったのだが(その時はバレエを二回くらいしか見たことなかった)、二度見るとまあ結構話がわかってきてより面白かったと思う。とにかく笑えるし(ダンサーが出てくるだけでなんか笑える、という気の利いた演出がいい)、後半のどぎついキャンプテイストはまあなんというかすごいguilty pleasure(やましい歓び)だし、クリスマスの出し物としては最高。まあ、白鳥には負けるけどね!

 なんでもボーンの新作は『眠りの森の美女』になるそうで、これは期待大である。その前に前作を二回くらいサドラーズ・ウェルズ座で再演するらしいし、すごい楽しみだ。