BBC2の歴史ドキュメンタリー番組、"The Many Lovers of Miss Jane Austen"(ミス・ジェーン・オースティンを愛してやまぬ多くの人々)

 23日の夜にBBC2でThe Many Lovers of Miss Jane Austen(ミス・ジェーン・オースティンを愛してやまぬ多くの人々)という歴史ドキュメンタリー番組を見た。ロンドン大学クイーンメアリカレッジの先生であるアマンダ・ヴィカリーがジェーン・オースティンの受容の歴史を取材するという内容で、一時間番組だが結構充実していた。


 まず、番組はテキサス州フォートワースで開かれた北アメリカジェーン・オースティン協会の大会の様子から始まる。なんでもオースティンはシェイクスピアの次に研究大会の規模がデカいのだそうだが(つまりアメリカのナショナルライターであるフォークナーよりデカいのか…)、シェイクスピア大会と違うのは異常にコスプレ率が高いこと。まあ特別行事として舞踏会があるらしいのでそのせいだと思うのだが、リージェンシー時代のレディの格好した女性もいれば紳士の格好をしたおじさまたちもいてみんなノリノリで、学術大会というよりはオタクのコンヴェンションみたいである。まあ文学コンヴェンションというのは基本オタク大会なのでいいのだが、シェイクスピア学会とのあまりの違いにびっくり。さすがファンダムにJaneite(ジェイナイト)という名前がついているだけあり、一般のファンとかも多いみたいだ。

 で、ここから番組はオースティンの時代に遡る。オースティンはウォルター・スコットなんかに次ぐ大人気作家で生前は多いに売れたのだが、40歳くらいで亡くなったため活動期間は非常に短かった。なんでもスペンサー伯爵家の女性たちなんかもオースティンのファンだったそうで、ヴィカリーが実際にスペンサー家(故ダイアナ妃の実家)を訪れて取材するところなんかもある。

 その後、ロマン主義の時代になると実際的でゴシック小説なんかをおもしろおかしくパロったりもするオースティンの小説は不人気になり、ブロンテ姉妹みたいなダークでロマンティックなもののほうがもてはやされるようになった…が、ヴィクトリア朝後期に感傷的・道徳的な家庭小説なんかがはやるようになるとオースティンの人気が復活。とくにWHスミス(イギリスの大手書籍チェーン、駅に必ずある)が鉄道駅に出店するようになると、鉄道で長距離移動する際の読み物としてオースティンの小説の廉価版がスミスに置かれるようになったので、鉄道の発展とともにオースティンの認知度がどんどん上がっていったらしい。

 これに拍車をかけたのが第一次世界大戦である。オースティンというと女性ファンが多いという印象があるが、フォートワースのコンヴェンションにコスプレしたおじさまたちが出て来ていたように男性ファンも実は大変多く、オースティンは英語圏では年齢や性別に関係なく人気がある。オースティンが男性ファンを多数獲得したのはなんと第一次世界大戦塹壕の中だった。戦況が膠着状態になり出撃できず士気低下していた兵士たち(近代戦の軍隊として訓練されてるんでみんなけっこう字が読める)は煙草をすって小説を読むくらいしか暇つぶしがなかったのだが、塹壕の中では戦争とか暴力の話よりも家庭や恋愛を面白おかしく描いたもの、戦争を忘れさせてくれるような逃避的な作品のほうが人気があった。ジェーン・オースティンの小説はこういうニーズに見事に合致したので、第一次世界大戦に出陣した兵士たちの間でよく読まれ、チャーチルも愛読していたらしい。また、アカデミックなほうでもF・R・リーヴィスが絶賛したせいでよく研究批評の対象にされるようになり、一般読者の間でも研究者の間でも人気のある国民的作家になった。

 しかしながら、現在オースティンはシェイクスピアと並んで最も頻繁に作品が映画化されているイギリス作家であるにもかかわらず、映画にはなかなか進出できなかった。なんといっても会話のおかしさが主眼の作家なので、なんとかアクションでごまかして映画化できるシェイクスピアディケンズに比べてサイレント映画にはできなかったらしい。初めて映画化されたのはトーキーが成熟してきた1940年頃で、1990年代のコリン・ファース主演による『高慢と偏見』ドラマ化により若い女性の間に絶大な人気を誇るようになった。なんでもファースが湖で泳ぐ場面は全英の女性の"female fantasy"をかきたてまくったらしい。番組内ではヴィカリー先生がエリザベスになり、コリン・ファースが湖からあがってくる場面を編集でつないであたかもヴィカリー先生とファースのダーシーが話しているように見せる、という『高慢と偏見』ごっこも放送されていた(ヴィカリー先生、悪ノリしすぎだろ)。


 まあそんなわけでオースティン受容の歴史を一時間で手堅くまとめたとても面白いドキュメンタリーだったと思う。英国内に住んでいる人はあと数日間だけ上のリンクのページで番組を見ることができる。