エストニアの人はおうちで靴を脱ぐ!ジャンヌ・モロー主演『クロワッサンで朝食を』(少しネタバレあり)

 ジャンヌ・モローの主演作『クロワッサンで朝食を』を見てきた。

 話はまずエストニアでつつましく暮らしているアンヌの母親が亡くなるところから始まる。アンヌはろくでもないクズの夫と12年前に離婚したが今でもつきまとわれており、子供二人は既に成人している。母親を亡くし、一人暮らしになるアンヌのところへ昔働いていた老人ホームから連絡があり、パリで年老いエストニア人女性の世話をするという仕事の紹介を受ける。フランス語ができ、老人ホームでの介護経験も豊富なアンヌに白羽の矢がたったらしい。アンヌはあこがれのパリに向かうが、世話をすることになった老女フリーダは完全にパリに同化してフランス語しか話さない上大変気むずかしく、さらに息子だと思っていた雇い主のステファンはフリーダの元愛人であるとわかって…というような展開になる。

 とにかくジャンヌ・モローの演技力と存在感がすごい。85歳なので昔みたいなきびきびした動きはできなくなっているが、若い頃と同じへの字口の魅力は健在で、いかにも気むずかしくわがままだが、自由に生きてきた誇り高い女性を非常にうまく表現している。おばあちゃんだがかくしゃくとしていて何とも言えない美しさがあり、元愛人のステファンが性関係がなくなってもなかなかフリーダから離れられないというのもなんとなくわかる。フリーダがステファンに「思い出のために…」とか言いながら体を触って甘えるあたりの描写はヘタすれば下品になりそうなもんだが、とても上品な場面になっているあたり、モローの演技力はすごいなと思う。

 もう一つ面白いのはパリとエストニアの文化の違いをわりと細かく書いているところである。ヒロインのアンヌは最初、パリのフリーダの家に入るときは靴を脱いで暮らしているのだが(エストニアって室内で靴脱ぐんだね!)、ある出来事をきっかけに靴をはいたままフリーダの家に入るようになる。アンヌはこれをきっかけにどんどんパリに慣れて行き、ミニスカートを身につけたりヒールのある靴を履いたり、オシャレな格好をするようになる(アンヌも二人の子供が成人したというくらいで結構なおばちゃまなのだが、この年でミニスカート似合うのはかっこいい)。このあたりを見ていると、エストニアの人たちからするとパリはあこがれの街でだいぶ文化が違うというイメージなんだろうなぁと思う(監督もアンヌ役でもう一人の主演であるライネ・マギもエストニア人である)。あと、アンヌはパリのエストニア福音教会に行ってパリのエストニア人に会おうとするのだが既にパリでは教会などにエストニア人が集う習慣が廃れていて…という場面があったり、また自由奔放で完全にパリに同化しているフリーダは若干保守的な他のエストニア移民とうまがあわないという場面があったり、あまり普段知ることのないようなエストニア移民コミュニティに関する細かい描写が出てきてそのあたりが興味深い。ただ、フリーダと他のエストニア移民コミュニティの軋轢とかはもっとけっこう面白く掘り下げられたのではとも思うので、このへんちょっとはしょり気味の脚本に不満があるかなぁ。

 話は大変地味なものでまあ予想がつくし、盛り上がるところといえば家政婦が本当に出て行くか行かないかというちょっとしたサスペンス程度で少し淡々としすぎているきらいはある。あと、全編けっこう軽妙なタッチでコメディっぽい描写もあり、おそらくフランス人とかが見たらもっと笑うんじゃないかと思うのだが、イマイチ私には笑いどころがわからないところも多かったかな…とはいえ、モローの演技とエストニア関係の描写を見るだけで面白いので、パリの移民コミュニティとかに興味ある方も是非。