カティリーナにも歴史あり〜大浦康介『フィクション論への誘い―文学・歴史・遊び・人間』

 大浦康介『フィクション論への誘い―文学・歴史・遊び・人間』(世界思想社、2013)を読んだ。

 芸術をやっている人なら一度は考えたことがあるはずだが非常につかみどころのないものである「フィクション論」に関する論集で、歌謡曲から漫画までかなり手広くいろいろなものを扱っており、最後には文献ガイドもついていて実に役立つ本である。冒頭のほうでフィクションとは何か、フィクション論とは何かというようなことを演劇論などを引きながら論じ、それ以降は具体的な作品などをとりあげてフィクション論をやるという内容になっている。

 とくに面白いのは第七章、鷲田睦朗『語(騙)り継がれるカティリーナ ― 「共和政末期の没落」をめぐる歴史叙述とフィクション』で、これはクレオパトラの表象史で修論を書いた私には非常に興味深かった。そもそも私は『キケロー弁論集』を愛読しているわりにはカティリーナに表象史があるというのに思い至ったことがなく、そのあたり自分の不明を恥じるところがあったのだが、キケローのあの悪口雑言の演説とサッルスティウスをもとに、後世の人がカティリーナものをけっこうたくさん作ってたというのがそもそも面白いと思う。同じローマの敵ということでクレオパトラの表象史とかと比較してもいいのではなかろうか。

 ただ、全体的には一本一本の論文がやや短く物足りないところがあった気はした。あと精神分析の話はフィクション論の論集に入れるべきなんだろうか…とか最初で演劇の話が出てくるわりにはお芝居だけがっつり扱った論文がないとか、論集に入れる題材のチョイスに若干疑問もあった。とはいえ、とても面白い論集だったので非常にオススメ。


参考:「さかのぼるって何?文学や映画における、時間が過去から未来に直線的に進まない作品のタイプ分類