闇のマサチューセッツ〜『ブラック・スキャンダル』

 『ブラック・スキャンダル』を見てきた。原題はBlack Massで、これは「黒ミサ」という意味だが、Mass.というのは舞台になっているボストンがあるMassachusetts(マサチューセッツ州)の略称なので、おそらく「黒ミサ」にBlack Massachusetts(闇のマサチューセッツ)というのをひっかけた、なかなかしゃれたタイトルだと思う(日本語でいうと「ヤクザ映画『広く暗いシマ』」みたいなノリ?)。

 南ボストンを取り仕切っているアイリッシュマフィア、ウィンターヒル・ギャングの親分で、マサチューセッツ州議会上院議員であるビリー・バルジャー(ベネディクト・カンバーバッチ)の兄であったジミー・「ホワイティ」・バルジャー(ジョニー・デップ)と、同じく南ボストンのアイリッシュでFBIの捜査官であったジョン・コノリー(ジョエル・エドガートン)の癒着スキャンダルを描いたマフィア映画であり、脚色はあるがかなりの部分が実話に基づいているということだ。ジミーはライバルであるイタリア系のマフィア、アンジュロ一味をつぶすためFBIに情報を流し、自分はお目こぼしをいただいてどんどん事業を拡張、最後はIRAの資金提供者になるというグローバル展開(?)まではじめる。最初はアンジュロ一味をつぶすのに努力していたジョンもだんだんジミーのペースに巻き込まれ、背任を…

 ボストンのアイルランド系移民コミュニティを詳細に描いた作品で、聖パトリックの日のパレードで嬉しそうにビリーが嬉しそうに行進するのをはじめとして、アイルランド系移民の文化がたくさん入っている…のだが、この映画においては祖国が同じ者同士が助け合うという一見すれば美徳であるものがどんどん悪徳の温床になっていく様子が描かれていて、なかなか皮肉な展開だ。ジミーが敵のイタリアマフィアをアイルランド人を迫害したイングランド人に喩えるところがあるが、暴力的な抑圧を逃れ、アメリカにやってきて心安らぐ生活を手に入れられるはずだったのに移民先でもドンパチやっているというのはなんだか見ていると非常に「何やってるの」という感じでもある。とくに法と正義を守る仕事をしているはずのジョンが、法よりも血とか名誉を重んじはじめ、どんどんジミーの犯罪に巻き込まれていくあたりは、現代になってもなお残っている、部族社会と近代社会の価値観の対立を如実に描いている。近代国家における法というものは、部族や集団ごとに異なる慣習などに優越し、さまざまな人物同士のもめごとを調停するものとして制定されている。全ての部族に公正に適用されるはずの法の執行者が部族の名誉のために活動しはじめるというのはとても危険なことであり、ジョンはまんまとその罠にはまって背任の沼にズブズブと沈んでいくのである。

 役者陣の演技もよく(ボストン子によるとアクセントがイマイチなところがあるということだが)、とくにジョニー・デップは何を考えているのかわからない、異常性とカリスマ性を持ったジミーをうまく演じていたと思う。ただ、この映画はベクデル・テストはパスしない。