『ウルフウォーカー』を見た。『ブレンダンとケルズの秘密』や『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』を作ったカートゥーン・サルーンの最新作である。
舞台は1650年のキルケニーである。イングランドから移民してきた狩猟名人ビル(ショーン・ビーン)の小さな娘ロビン・グッドフェロー(オナー・ニーフシー)は自由に狩猟をしたり遊んだりできず、家事をさせられて腐っていた。こっそり家を抜け出したロビンは、森で人間の体が眠っている間はオオカミ、起きている間は人間の少女として行動できるウルフウォーカーである赤毛のメーヴ(エヴァ・ウィッテカー)に出会い、親しくなる。
カラフルで動きや編集にも気を遣った非常に美しいアニメーションで、ロビンとメーヴの友情や、父親であるビルの親としての成長を細やかに描いた作品である。オオカミの表現では視覚だけではなく嗅覚などにも注意が払われ、いろいろな感覚をアニメーションで表現しようとしている。全体としてはアイルランドの民話などを下敷きにしていると思われるのだが、メーヴの名前は神話に出てくる女王からとられている一方、ロビン・グッドフェローは『夏の夜の夢』に出てくる妖精パックの別名からとっていると思われ、キャラクターの名前を通してアイルランドとイングランドを代表する民話が出会って融合するようになっている。
そういうわけで実に可愛らしく楽しい作品なのだが、一方で設定からするとこれは極めて生々しく、政治的な作品である。何しろ悪役が「護国卿」(サイモン・マクバーニー)で、明らかにオリヴァー・クロムウェルだ。クロムウェルが護国卿になったのは1653年で、その後の歴史的経緯も違うのでかなり虚構化はされているのだが、原理主義的なピューリタンでアイルランドの庶民を抑圧する暴君ということで、紛れもなくクロムウェルである。日本ではあまり馴染みがないのだが、クロムウェルはアイルランドではジェノサイドに近いとか言われるようなカトリックに対するすさまじい虐殺行為を働いており、蛇蝎のように嫌われていて、雑に言うとヒトラーかチャウシェスクみたいな扱いである。この映画が始まる1650年の前、1640年代にはドロヘダで有名な虐殺行為を行っており、アイルランドではとにかくひどいことをした異常な政治家と見なされている。つまり、人間味とかが必要ない、みんなが悪役として共有できるイメージを持っている人物だ。
ここからネタバレになるが、移民先で地元民化(ウルフウォーカーになるのは地元民に同化することを示す)したイングランド人の反乱者ロビンと、アイルランドの自然を象徴する存在であるメーヴが組んでにっくき狂信者クロムウェルを暗殺するというのは、まったく映画の中でユダヤ人の女性がヒトラーを暗殺してしまう『イングロリアス・バスターズ』くらいは歴史に対して復讐を試みた作品である。さらに現在、Brexitでアイルランドが大揺れで、UKがEUを離脱するなら北アイルランドはアイルランド共和国と統一に向かったほうがいいんじゃないかとかいう論調さえあることを考えると、この展開は非常に示唆的だ。この後もクロムウェルは史実では生きているはずなので、この映画は歴史的にアイルランドに加えられた暴力に対してフィクションの上で対抗する試みである。さらなる深読みだが、クロムウェルがうるさくて無能なUKの政治家、ロビンがイングランド系アイルランド人、メーヴがアイルランド人だと考えると、これは「UKの狂信者はほっておいて、イングランド系もアイルランド系も冷静に考えて仲良くしようじゃないか」というような話であるようにすら見える。