ハンス・ウルリッヒ・オブリスト『キュレーション 「現代アート」をつくったキュレーターたち』

 ハンス・ウルリッヒ・オブリスト『キュレーション 「現代アート」をつくったキュレーターたち』村上華子訳(フィルムアート社、2013)を読んだ。

キュレーション  「現代アート」をつくったキュレーターたち
ハンス・ウルリッヒ・オブリスト
フィルムアート社
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 サーペンタイン・ギャラリーの共同ディレクターであるキュレーターのオブリストがいろいろなキュレーターにインタビューをするという内容の本である。というと読みやすそうに思えるが、話し手のキューレーターがいろいろなアーティストの話をポンポン出してくるのでなかなか現代アートに詳しくないとわからないところが多く、相当に専門的な本である。一応、アーティスト名に注などはついているのだが、たぶんそれぞれのアーティストの作品をおぼろげながら思い浮かべられる程度の知識がないと、どういうところでどういう特徴のある展示をやったのか、ということがなかなか掴みにくくて大変だ。歴史的には貴重そうな話も非常に多いので、現代アートの歴史を詳しく知りたい人には実に役立つものだろうとは思うのだが、私のように現代美術は素人でちょっとキュレーションについて知りたいな、という人がたやすく読めるような本ではない。

 一番面白かったのはフェミニストのルーシー・リパードのインタビューで、MoMAに対する抗議運動で三歳の息子まで逮捕されてしまったとか、リチャード・ローティについて話題にすることはあまりなかったとか、いろいろ興味深いネタがたくさん入っているのだが、とくにすごいなと思ったのは「私はいつもあらゆる人種の友人がいて、今何が起こっているかは把握しています」(p. 310)という自信満々の発言である。こんなことを言うとは例の「私にはアフリカンの友達がいるんだけど…」的なアレを思い出してしまうが、その前の部分にニューヨークのいろんなギャラリーに行って女性とかマイノリティの才能を発掘してくる必要があるのに他のキュレーターがタコ壺にはまっていてちゃんと調査をしてない、みたいな手厳しい批判があるのでなるほどなと思ってしまう。

 ただ、リパードのインタビューには一箇所よくわからない箇所があった。オブリストが、インタビューしたかったジャン・クレイに断られた理由を説明しているところで「(なぜかというと)ジャン・クレイは匿名になったのだそうです」(p. 312)と言っているのだが、これどういう意味…?原文は'Jean Clay's reason is one of becoming anonymous'で、anonymousのaは小文字みたいなんだけど、単に名を隠して暮らしたくなったってことなのかな、それともひょっとしてアノニマスになったのかな?