女の子の夢の暗黒面〜『ヴィオレッタ』

 イメージフォーラムで『ヴィオレッタ』を見た。

 ヒロインは12歳の少女ヴィオレッタ。母親のアンナは野心的でアートな感じの写真家で、娘をモデルに写真を撮り始める。好評を得たアンナの要求はだんだんエスカレートし、とうとう娘のヌードまで撮り始める。最初は従っていたヴィオレッタだが、ロンドンでシド・ヴィシャスと撮影するセッションでとうとう堪忍袋の緒が切れ、母との関係が決定的に壊れていく…という話。

 これ、実際に写真家だった母親イリナにヌード写真を撮られていたエヴァ・イオネスコの監督作品ということで、かなりの部分が実体験に基づいているらしい。それだけでもうかなりハードな話…なのだが、それ以上に「女の子の夢」の暗黒面に向き合っている映画だというところがゴスとかガーリーなものに興味ある女としては本当にきつい映画だったと思う。

 とりあえず、そんなに映画自体の出来はよくない。どうしてここに入ってるのかわからないような場面があったり、編集なんかもぎごちない。主演のイザベル・ユペール(アンナ)とアナマリア・ヴァルトロメイ(ヴィオレッタ)の演技は非常に良いが、まあ文句をつけたいところはいろいろある。

 しかしながら出来が良くなくても私の心にこの映画がずしっと来た理由というのは、他愛もない「女の子の夢」から始まった母娘の撮影がどんどんエスカレートして取り返しのつかない虐待になっていくところである。アンナは全然、大人になりきれてない女で、自身がおそらく成熟してないせいで自分の娘に対して大人、保護者としてきちんと親密に付き合うことができてない。家中を骸骨とか鏡とかゴスいもので飾っているのだが、どっちかというとあれは大人というよりは背伸びしている十代の少女みたいな趣味である。最初にヴィオレッタの写真を撮り始めた時は、キラキラしたゴスい感じのお姫様衣装に葬儀用の花輪を持たせるとかその程度の写真で、このあたりはある種の「女の子の夢」、日常がつまらないので死をロマンティックなものと思うような、若い女性のオブセッションに基づくものと言えるだろうと思う。おそらくこういうちょっとダークな「女の子の夢」、つまり暗いけど何かちょっとキラキラしたものに対する背伸びした憧れというのは、ローティーンだけど早熟で賢い娘のヴィオレッタにもある程度共有されているものであるので、最初のうちはこの疎遠だった母娘は女の子の夢の世界で遊ぶことによって絆を回復できるかのような幻想にとらわれる(おそらくモデルになりはじめた頃のヴィオレッタはそういう幻想を持ってると思う)。

 しかしながらヴィオレッタの写真が受けたこともあり、母親のアンナは「ヤバいことをするのが芸術だ」「芸術なんだから、倫理からは自由なはず」というような思想に基づき、どんどん危険な写真を作成するというチキンレースにはまっていく。別に一人で危険なことをやっているんならいいのだが、問題は未成年でいくら賢いとはいえ母親に従うほかないヴィオレッタを巻き込んでいることである。ヴィオレッタはただ性的に搾取されるだけで、結局ヴィオレッタが望んだような母娘の絆というのはできなかった。この、死とか美へのオブセッションのためにどんどん極端なことに走り、取り返しのつかない暴力を振るってしまうというのは『乙女の祈り』なんかにちょっと雰囲気が似ていると思う。アンナは自分の写真はキラキラした美しい芸術だから何をやってもいいと思っているのだが、そんなわけはない。可愛いからって正義じゃないのである。アンナは自分の「女の子の夢」、ダークでキラキラしたものを作って成功すること、にとらわれて、娘の意志を全く考えずに虐待をはじめる。自分の性欲とかじゃなく、芸術が好き、キラキラが好きという「女の子の夢」が根源にあるあたり、自分で全く虐待の悪質さに気付いていなくて怖い。キラキラしたいとかふざけんな。←あ、これは違う映画だった。

 全体的に、実体験を背景にしているわりには美術も演出もややデフォルメ気味というか、過剰にリアルにならないような感じにしていて、おそらくそれが監督流の距離の撮り方なんだろうと思うのだが、それがまたこの映画の「女の子の夢」の暗黒面要素をすごく強調していると思う。インテリアも衣装もすごくオシャレで、見ている間はそれを可愛い、素敵だと思うのだが、同じくオシャレでキラキラしたものが好きなアンナがどんどん虐待に走って行くのを見ていると、いや自分はどっちかというとアンナに近いような気がするんだけどこうなってはいかんのだ…と戦慄してしまうところがある。またまたアナマリア・バルトロメイがほんっとうに美少女でまばゆいばかりなのだが、こういう女の子にキラキラした服を着せたいなーっていう母親的な「女の子の夢」が、ここまでいかなくても子どもに悪影響を与えている(=性的な固定観念とかを押しつけたりしている)ことがあるのかもしれないなとか思うと、子どもいないけどなんか薄ら怖い。とにかく、キラキラしたり死んだりするんなら一人でやらなきゃいけないと、よくわからないことを思った。