フェミニストとしてすすめる、フェミニズムに関心を持つための本5冊(1)物語・ノンフィクション編

 最近炎上していたこのまとめがとにかくひどい。

クソフェミ「まずは本を読め!」俺ら「どの本を?」のテンプレに答える本当にフェミニズムが学べる5冊の本

 とりあえずこのまとめのひどさはいくつもあるのだが、
・タイトルに「クソフェミ」というのが入っている時点で、フェミニズムを侮蔑する気が全身から汗のようににじみ出ている。真面目に謙虚さと疑いを持って学ぶ気はないようだ。
・そもそもフェミニストが「まずは本を読め」というのをテンプレ的に言ってくるという状況があまり想像できないが、それはともかくとして他の専門分野で妙なことを言うと「本を読んでから言え」と言われるのは当たり前なのに(宇宙、地震や火山、医学、歴史など)なぜフェミニズムだけこんなにウザがられているのか理解できないし、また関心があるという人に本をすすめるのは別に普通である。
フェミニズムについて知りたいくせにいきなりロールズやセンをすすめてくるのが意味不明で、男性の思想家の権威でフェミニズムを陰らせようというよくある差別かと警戒してしまう。しかも、フェミニズムについて知りたい人にフェミニズムがテーマじゃない本をすすめているので読むほうだって困るだろう。
ロールズやセンみたいながっつりした本をすすめた後でいきなりジェンダーの入門書をすすめるとか、まともな選書としてはあり得ない。あげられている『ジェンダー論をつかむ』は大学などで教科書としてよく使われている良い本だと思うが、入門書というのは初学者が読むものなので、初学者への教育方法とかに関心がない限り、たぶんロールズやセンを読み切ってこれからしっかり考えるぞーという人に教科書を薦めてもつまらないだろう。

 と、いうことで、こんなおかしなブックリストが学生などに真に受けられてしまうと困るので、フェミニズムに真摯に関心を持とうとしている人(はなからバカにするつもりの人たちは何を読んでも身につかないと思うが)に個人的におすすめしたい本を5冊、紹介したいと思う。これは三回シリーズになる予定で、一回目は「物語・ノンフィクション編」、二回目は「理論・学術・専門書編」、三回目は「フェミニスト批評編」になる予定である。できるかぎりやさしく、わかりやすいものを選ぶようにするが、ちょっと好みが入って偏るのは許してほしい。私の思想に合致しているかよりは読みやすいか、初学者にすすめられるか、バラエティがあるかを重視している。

 まず、今日は「物語・ノンフィクション編」をやろうと思う。私はフェミニズムに興味があるとか知りたいという人には、まずはいわゆる「フェミニズムについての本」ではなく、より女性の体験とか考えを個人的に、また場合によっては感動をもって理解できるような文学作品や映画をすすめることにしている。なぜなら私は何よりも芸術の力を信じているからであり、よくできた芸術作品は「力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女のなかをもやはらげ、猛き武士の心をも慰むる」(『古今和歌集』仮名序)ものだからである。優れた芸術作品は、いつもの自分を離れて他の立場になって考えたり、他の見方をもってものごとを考えたりする知性を与えてくれるものだ。

 そういうわけで最初は軽い気持ちで手を出せそうな読み物を5編、紹介しようと思う。最初はがっつり古典的な作品とかばかりにしようかと思ったのだが、自伝やノンフィクションが好きという人も世の中には多いので、そういうものも入れることにした。私の専門のせいで英語圏に偏ってしまうのはちょっと許してほしい。


マーガレット・アトウッド侍女の物語斎藤英治訳、早川書房、2001。
 SF的なものが好きな人向け。カナダの作家、アトウッドの小説である。ユートピア/ディストピア小説は様々な政治的思考を背景に発展してきたものだが、この作品はフェミニズムを軸として女性にとっての悪夢のようなディストピアを描いている。女性が完全に自由を奪われ、聖書原理主義に基づいて管理される近未来社会を舞台に、子どもを生む機械としてある司令官の家に配属された女性オブフレッドの抵抗を描く小説である。

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・アリス・ウォーカー『カラーパープル』柳沢由美子訳(集英社、1986)。
 オーソドックスな小説が好きな人向け。アフリカンアメリカンのフェミニスト作家、アリス・ウォーカーの長編小説。1930年代頃のアメリカ南部の田舎を舞台に、貧困家庭の娘セリーが凄まじい虐待と差別を受けながらも他の女たちとのつながりによって人生を取り戻す様子を描いた作品である。人種差別と女性差別を克明に描いた作品なので(内容はかなり悲惨である)、アメリカでは図書館で最も検閲された本のひとつと言われている。面白いことに、書簡体という非常に伝統的な形式で描かれている。

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・ヘンリク・イプセン『人形の家』(複数翻訳あり)
 演劇が好きな人向け。19世紀末にノルウェーで書かれた戯曲だが、いまだに力を失っていない。仲むつまじい夫婦が主人公なのだが、夫が妻を自分と対等に扱っていなかったことが綻びるように明らかになっていった結果、取り返しのつかないところまで夫婦が破局してしまうという恐ろしい泥沼の家庭劇に、女性の人権、人間の意志の自由への希求を織り込んだ作品である。

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・マララ・ユスフザイ、パトリシア・マコーミック『マララー教育のために立ち上がり、世界を変えた少女』道傳愛子訳、岩崎書店、2014。
 ニュースや国際情勢などに興味ある人向け。女子教育は選挙権と並んでフェミニズムの最も大きな関心事のひとつだが、これはそうしたテーマについて考えるきっかけになる本だと思う。マララ・ユスフザイは女子教育を推進するためブログなどの活動をしていたら政治的暗殺の標的になったということで、若くして大変な苦労をした人なのだが、この本はとても平易でかつあまり暗くならない感じで書かれているので、読みやすいと思う。

マララ 教育のために立ち上がり、世界を変えた少女
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シェリル・サンドバーグ『LEAN IN(リーン・イン) 女性、仕事、リーダーへの意欲』川本裕子、村井章子訳、日本経済新聞出版社、2013。
 ビジネスに興味がある人向け。フェイスブックCOOであるシェリル・サンドバーグの自伝+ビジネス本で、女子労働についてフェミニズム的視点を持って書かれたビジネス本がベストセラーになったというのは画期的なことだと思う。非常にホワイトカラー志向の本なので抵抗もあると思うが、とにかくこれでもかこれでもかとデータや統計を出して女性が置かれている状況についてプレゼンするというスタイルは説得的かつ明確なので、読みやすさについては保証できる。