生き生きと血の通った女たちが見られる映画〜『駆込み女と駆出し男』(少しネタバレあり)

 原田眞人監督作『駆込み女と駆出し男』を見てきた。DVで悪名高かった井上ひさし原作ということでなんか偽善的なものを感じてどうも足が向かなかったのだが、皆褒めているので行ってみたところ、とても良かった。
 
 主人公は見習い医者で戯作者志望だが奢侈禁制で締め付けが厳しくなった江戸から逃れてきた中村信次郎(大泉洋)である。信次郎は親戚筋にあたる東慶寺の御用宿、柏屋を頼るが、この柏屋は離婚のため東慶寺を目指して駆け込んでくる不幸な女たちのため縁切りの御用をつとめる宿であり、おばである三代目柏谷源兵衛(樹木希林、男性名だが女性)を中心に店の住人たちが日々離婚の調停業務を行っていた。駆け込んでくる女たちのうち、遊女にいれあげて妻の稼ぎを奪い、虐待する夫のところから逃げ出してきたたたら職人のじょご(戸田恵梨香)、堀切屋の妾として店を切り盛りしていたが旦那に愛想を尽かして出てきた(ことになっている)お吟(満島ひかり)、強姦され強制結婚させられた結果、虐待夫のもとから逃げてきたゆう(内山理名)が中心的なキャラクターで、他にも東慶寺の尼僧や駆け込んだ女たちが何人か出てくる。

 江戸時代の縁切り寺については、時代小説などをよく読む人にはなじみがあるものだが、そうはいっても御用宿なんかについては知らないことも多かったので、仕組みを見ているだけでなんか面白いというのはこの映画の強みのひとつである。まあ縁切りなんで一生に何度もするようなものでもないので、初めて寺に駆け込んできた女たちや修行中の信次郎に樹木希林がやたらに説得力を持っていろいろなことを教えてくれたりするし(アメリカ映画ならモーガン・フリーマンがやる役か)、また宿の他の連中もいろいろ説明をしてくれるので、観客は自分が離婚したい女だと思ってきいていれば良く、そんなに説明的だとも感じない。

 この映画の面白さは、とにかく女性たちのキャラクターに人間味があり、また女性同士の友愛がしっかり描かれているところにある。結婚しないで妾のまま問屋の女将をつとめていたお吟は大変に艶やかで粋でかつ自立心の強い女で、お歯黒をつけて眉がないのにむちゃくちゃいい女に見えるというところには感心した。ネタバレになるが、堀切屋とのオトナの愛憎は『愛の勝利』のベディ・デイヴィスを思わせるところがある。しかしながらこのお吟は単に男好きのするいい女というだけではなく、他の女に対してもいい女というところがポイントだ。けっこうな数の映画やドラマで、セクシーで男好きのする好色な女というのは同性から好かれないものだという描き方がなされているのだが(例外は『セックス・アンド・ザ・シティ』)、実際にはそういう女のほうが姉御肌で金払いもよくて同性に頼られていることも多いんだけど、この映画のお吟はまさにそういう異性にも同性にも好かれる好色女として魅力的に描かれている。最初にじょごに会った時の助けてもらい方といい、御用宿でじょごのために金を払ってやろうとしたところの気前の良さといい、最後までじょごとの友情を大切にする様子といい、実に生き生きとした血の通ったキャラクターである。
 またまた、強姦されてプライドをボロボロにされたゆうが他の女たちとのつきあいや学問・武芸に励むことで誇りを取り戻すという筋もトラウマからの回復に真摯に向き合っていると思った。ゆうは最初は寺を出た後にとんでもねえクズ野郎の夫を復讐のため殺そうと思っていたのだが(ゆうは女武芸者だし、そう思うのは当たり前だ)、寺に二年間いて心の平安を得たのでそれはやめてポジティヴに生きようと決める。私はここで「話としてはこれが成熟したオチだがちょっと煮え切らないなぁ」と思った…のだが、これで最後にちょっと意外な落とし方がくる。映画館を出た時、若い女性二人連れが「あのクズ夫が最後死んだのは嬉しい驚き」的な感想を言い合っていたのだが、私もそう思った。
 全体的にしょうもない男がたくさん出てくるこの作品だが、大泉洋演じる信次郎は大変愛嬌のある男である。信次郎がこの映画の中で一番のモテ男である理由のひとつは、信次郎は男の見栄とかプライドから降りたところで生きているからだと思う。信次郎や医術とか文芸とか好きなものがたくさんあり、女に威張り散らさなくてもけっこう楽しく生きられるということを自然体で理解しているので、女性と対等に愛し合うことができる。信次郎に助けてもらったじょごがどんどん自立した女性になっていくというところは、男女の仲も悪いことばかりではない、自立した大人同士の対等な結びつきは実り豊かなものだ、ということを暗示していると思う。

 と、いうことで、ユーモアあり哀愁ありとても面白い作品だったのだが、いくつか端折りすぎと思えるところもあった。法秀尼(陽月華)のお部屋についての話があまりきちんと発展させられていないのはちょっとどうだろうか…法秀尼はとてもいいキャラだったと思うので、あのあたりはもうちょっと長くなってもいいから丁寧に拾ってほしかった。あと、じょごの夫の重蔵の改心もちょっと唐突すぎる気がした。

 ちなみに、全然関係ないのだが、最初、キャストが出るところで、各役者の漢字名の下にアルファベット表記が出るんだけど、例えば戸田恵梨香はアルファベット表記が'Erika Toda'と名前→苗字の順になっているのに、樹木希林だけは'Kiki Kirin'の順だった。樹木希林の名前は前後を切り離すことができないのだろうな。

 なお、この映画はベクデル・テストを完全にパスする。玉虫についてゆうとじょごが話すところや、その後の法秀尼の部屋での会話など、男性の話題に触れずに女性同士が会話する場面はたくさんある。