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パーパ・エッシードゥを無駄遣いするフォークホラー~『MEN 同じ顔の男たち』(ネタバレあり)

 アレックス・ガーランド監督『MEN 同じ顔の男たち』を見た。

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 夫ジェームズ(パーパ・エッシードゥ )が自殺したばかりのハーパー(ジェシー・バックリー)は、ロンドンを逃れてちょっと骨休めをするため、田舎のお屋敷に休暇に出かける。ところが行き先の村は、悪気はなさそうだがなんかちょっと詮索好きな話を振ってくる宿の管理人ジェフリー(ロリー・キニア)をはじめとして、妙にうざい感じの男性(全員ロリー・キニアが演じる)が多い。さらには森に住む全裸男性(これもロリー・キニア)がハーパーをつけ回すようになり…

 全体として、女性が男性から受けるなんとなく不愉快な言動をこれでもかというほど描き(ここはものすごくリアルである)、さらにそれがどんどんエスカレートしていくという作品である。休暇場所にいる男性全員を演じるロリー・キニアと、ひとりでロリー・キニア全員に立ち向かうジェシー・バックリーの演技は大変良い。映像も綺麗である。

 明らかにフェミニズム的なコンセプトに基づいて描かれた作品…なのだが、全体的に広げすぎた風呂敷をたためていないようなところがけっこう見受けられると思う。一番気になったのはエデンの園の象徴的な活用で、宿泊先のお屋敷にリンゴの木があり、イヴが蛇に誘惑されてアダムを堕落させた…みたいな聖書の性差別的な価値観をひっくり返し、アダムがひたすらイヴをいじめる、みたいな話になっている。しかしながらここに非キリスト教的なグリーンマンとかシーラ・ナ・ギグとかの民話体系も入ってきており、けっこうそのへんがごちゃごちゃしていて、このへんの神秘的なモチーフの使用にはあまり一貫性がないと思う。シーラ・ナ・ギグをミソジニーの表れとして描いているのか、それともナイフを持って対抗するハーパーはシーラ・ナ・ギグみたいな強い女性だということなのか、そのへんの描き方があんまりはっきりしない。さらに、これはかなり規模の小さい映画なので仕方ないことではあるのだが、アダムとイヴの話に絞ったせいでなんだかヘテロセクシュアルの男女しかいない世界の話みたいに見えるのもちょっと残念ではある。あと、男性中心主義の幻想が結晶化したみたいな状況にヒロインが呆れて終わるというオチは、正直なところ監督の前の作品である『エクス・マキナ』とかに比べるとやや鮮やかさに欠ける落とし方である気がする。

 ヒロインの女友達であるライリー(ゲイル・ランキン)の影もちょっと薄い気がする。あの状況でハーパーに「負けずにそこにいて楽しめ」とアドバイスする女友達っているかな…と思ってしまった(私ならすぐ帰ってこい、迎えに行くから…と言う)。もっときちんと女同士の連帯を描いたほうがいいのではと思う。

 あと、私が気になったのはパーパ・エッシードゥの使い方である。ヒロインの自殺する夫ジェームズは黒人男性なのだが、最初にヒロインを追い詰める精神不安定な夫だけが非白人だというのはちょっとキャスティングとしてどうなのかな…と思った。他の男性は全員ロリー・キニアなので、ヒロインの夫もキニアにするわけにはいかないからキャラの差異化のために若くてハンサムな黒人男性を選んだのだろうが、黒人男性は不安定で自己破壊的、白人男性は遅れた田舎を象徴する暴君…みたいな、人種に関する変な描き分けが意図せざるところで出てきてしまっている気がする。あと、エッシードゥはロイヤル・シェイクスピア・カンパニーで最初の黒人ハムレットを演じた極めて有望な俳優なのだが、けっこう演技力の無駄遣いではという気がした。