ケンカっぱやいナイスガイ〜『クリード』

 『クリード』を見てきた。『ロッキー』は、第一作は見ているのだがその後はあんまり見た記憶が無い。ボクシングのことは全くわからない。

 あまりシリーズの他の作品を見ていない人でもわかる作りになっており、さらにボクシングを知らない人でもボクシングがどういうもので試合のスリルというものはどういう感じなのか味わえるよう、大変わかりやすく撮られている。私は、スポーツの映画というのはそのスポーツをしない人にも(ルールではなく、スポーツを見る楽しみが)わかるように撮られてこそいい作品になると思っているので、その点ではこの映画には大満足した。さらにフィラデルフィアの風物とかもとても丁寧に撮られていて、いろいろなツボをおさえた映画だ。

 全体的には、アポロの隠し子で荒れていたアドニス(マイケル・B・ジョーダン)がアポロの寡婦であるメアリー・アンに引き取られて育ち、知的で立派な若者に成長するが、ボクシングへの夢を捨てられず、仕事をやめ、アドニスの命と健康を心配するメアリー・アンの大反対を押し切ってフィラデルフィアのロッキー(シルヴェスター・スタローン)に弟子入りするという展開である。フィラデルフィアでは進行性難聴のミュージシャン、ビアンカ(テッサ・トンプソン)と恋に落ちたり、ロッキーが病気になってしまったり、いろいろな出来事が起こる。そして最後は大舞台へ…

 とにかくアドニスを演じるマイケル・B・ジョーダンがハンサムでめちゃくちゃナイスガイであり、複雑な生い立ちのせいで怒りを抑えられない性格になって暴れたりするという場面もあるのだが、ふつうならドン引きしそうなところを全身から発する育ちの良さと行き届いた演技でカバーして、とても観客に好かれる若者を作り上げている。最後ボロボロになって戦うところは大変な熱演で、アカデミー賞の好みからすると、ちょっと若くてイケメンすぎるのだろうが(人種差別もあるのだろうが、オスカーはイケメンにも偏見があると思うので)、これだけ芝居したんならノミネートくらいあってもよかったのでは…と思った。

 全体的にこの映画はアドニスのナイスガイぶりで人間関係が牽引されているところがあると思う。みんながやたらにアドニスのことを心配したり、気遣ったりしてくれるのがなんとなく本人の魅力で説明されてしまうのである。まず、アドニスと養母メアリー・アンの関係はかなり細やかに描かれている。夫の浮気でできたアドニスを引き取って育てるという最初のところはメアリー・アン自身の度量の大きさを示しているし、また養子とか片親とかいうのは家族の情愛には関係ないということもこの映画は暗示していると思うのだが、大人になってからのアドニスについてメアリー・アンがやたらに心配しているのは、やはりアドニスがたいへん立派な若者に育ったため、目に入れても痛くないほど可愛い自慢の息子だからなんだろう。引退して料理店をやっていたロッキーがなんだかほだされてしまうのも、アドニスがとても好青年だからというのがある。

 このふたつ、アドニス=メアリー・アンとアドニス=ロッキーの関係はそんなに不自然ではないと思うのだが、ビアンカとの関係はちょっとアドニスの魅力で強引に引っ張りすぎかもという気がする。才能はあるが悩みもかかえた若者同士が惹かれ合うというのはそんなにおかしくないのだが、アドニスがアポロの息子であることを隠していたのがバレた時、ビアンカがあんなに怒るのはなんでなのかとかが省略されすぎている。そりゃびっくりはするだろうが、親の七光りで注目されたくないというのは別にそんな変な動機とは思えないし、何かビアンカの素性とか考え方について省略してしまったところがあってつながりが悪くなっているのではと思ってしまった。しかしながらそんな強引展開もアドニスビアンカに可愛く求愛する場面で乗り切る!さらにアドニスビアンカのライヴでケンカして逮捕される場面があり、そんなことがあったら私は一発で別れると思うのだが、結局ロッキーの頼みとアドニスの魅力でビアンカは許してしまう。うむむむむ…なお、この映画はベクデル・テストをパスしないのだが、最後メアリー・アンが会場に来てビアンカと離すような場面があったらけっこう泣けたかもと思ってしまった。