アッシュランド(3)オレゴン・シェイクスピア・フェスティバル『十二夜』

 さてさて、待ちに待った今回の取材のメイン、オレゴンシェイクスピア・フェスティバルへ。合衆国では非常に規模が大きく、最も歴史のあるシェイクスピアまつりである。

 桜が咲いているきれいな場所に3つの劇場がある。

 最初に見る予定の公演、クリストファー・リアム・ムーア演出の『十二夜』はAngus Bowmer Theatreで実施。

 かなり野心的な演出で、舞台は30年代のハリウッド、ヘイズ・コード以前の時代のイリリア・スタジオという設定になっている。セットは左奥に階段があり、その前にピアノが設置されていて生演奏が行われる。主な舞台であるスタジオとオリヴィアの屋敷の間では場面転換が無く、たまに映画のスプリットスクリーンに似た演出方法で舞台の両側で違う場面を交互に演出するところもある。客席の階段を使った入退場なども行われる。

 最初に、イリリアスタジオのマスコットであるクマが吠える映像(もちろんMGMのライオンのパロディ)から始まるモノクロのニューズリールで状況説明がある。スタジオ所属の大スターであるオリヴィア(ジーナ・ダニエルズ)が兄の急死のショックで屋敷に引きこもってしまったため、スタジオを率いる映画監督でオリヴィアに片思いしているデューク・オーシーノ(イライジャ・アレクサンダー、アクセントからするとドイツかオーストリアから来た監督という設定)はすっかり落ち込んでいる。そこへ難破で兄とはぐれたヴァイオラ(サラ・ブルナー)が流れ着き、男装してアシスタントのシザーリオとしてオーシーノに雇われる。すっかりシザーリオを気に入ったオーシーノだが…

 設定はこれだけ変えてあるのだが台詞はかなり元のままで、フェイビアンが言うことになっているはずの台詞をマライアが言うとか、いくつかのカットとか、変更はちょこちょこあるのだが、もともとの階級制度が関わる台詞をカットすることは行っていない。このため前半はちょっと強引なところもあり、いきなりヴァイオラが難破とか、誰でもスターになれるはずのハリウッドにしては上下関係がキビしかったりとか、どう見ても一流エンターテイナーでスタジオの看板コメディアンにふさわしいフェステ(ロドニー・ガーディナー)がFoolと呼ばれてお金をもらっていたりとか、設定を変えたせいで若干不自然なところはいくつかある。しかしながら全体に非常に笑える作りで(プールに入っているという設定で憂鬱に苦しむオーシーノの場面では、水の効果音とうきわを抱えて鬱な顔で水の中を歩くオーシーノの演技だけでかなり笑える)、またふつう『十二夜』ではなかなか笑いの起きない、マルヴォーリオの「復讐してやる!」の台詞で笑いが起きたり、ちょっと変わったユーモアに満ちた演出になっている。また、原作の歌が全部ハリウッドミュージカル風にアレンジされてストーリーにきちんと貢献するようになっているのも良い。
 
 前半はちょっと設定の無理が見られたが後半は大変素晴らしかった。ネタバレになるが、この舞台ではヴァイオラとセバスチャンを両方ともサラ・ブルナーが演じている。こういう演出は皆無というわけではないのだが、最後ふたりが一緒に出てくる場面でどうするのか…と思えば、ここで映画のマジックが登場。フェステとヴァイオラが上からスクリーンをおろし、このスクリーンの後ろにヴァイオラが歩いて行くと、セバスチャンとヴァイオラふたりがスクリーンにうつる。ここから役者が歩いてスクリーンの外に出ると、映っている片方の像は消えて、映像から役者に移行するようになっている。しばらくはこのスクリーンを設置してここから歩いて出たり入ったりすることでヴァイオラとセバスチャンの併存を表現するのだが、最後にこのスクリーンが上がってなくなり、ヴァイオラ/セバスチャンがひとりの役者の身体に2人分宿っている設定で統合される。最後はひとりの役者の身体に宿ったヴァイオラ/セバスチャンの腕をとってオーシーノとオリヴィアが退場。なんかめちゃくちゃクィアだし、映画と舞台のマジックがとても美しく気の利いた融合をした瞬間だったと思う。

 最後のフェステの「ヘイ、ホー、風と雨」の歌は『雨に唄えば』オマージュのダンスナンバーになり、フェステが歌って踊って大活躍し、女の服に戻ったヴァイオラやスターの姿になったオリヴィア、男性陣もまじえてMGMミュージカルみたいな華やかなダンスで終わる。ところが最後にマルヴォーリオが出てきて、上のスクリーンに「このプロダクションはマルヴォーリオのプロダクション・コードによって断罪されました」という、ヘイズ・コードをパロった字幕が!つまりこのプロダクションでは、マルヴォーリオはヘイズで、だから皆から憎まれているという設定なのである。マルヴォーリオいじめはなかなか現代では演出しづらいと思うのだが、この設定には全くうなってしまった。

 役者は皆達者で、いかにも洒落者らしいヴァイオラ/セバスチャンを演じるサラ・ブルナー(劇評ではシン・ホワイト・デューク時代のデヴィッド・ボウイみたいとか言われていたがたしかにそういう感じだ)はふたりの人物をとてもうまく演じているし、オリヴィア役のジーナ・ダニエルズは30年代のハリウッドスターらしい成熟した魅力を振りまいている。ロドニー・ガーディナーは歌って踊って台詞も面白い実に芸達者なフェステで、ジャズエイジのスターという感じだ。

 
 なお、このフェスはとても付属パンフなどが充実していて、全員もらえる無料のパンフにはちゃんとした演目の説明がついており、主要演目には演目毎にツイッターハッシュタグが指定されている(実はこの演目ごとのハッシュタグが気になって取材に来た)。有料のパンフもあるし、ショップでは他にもいろいろな資料が買えるので、プロダクションの質はもちろん、研究資料の収集でも既にかなり満足だ。